(写真はイメージです/PIXTA)

ユニコーン企業後進国と言われる日本。その理由のひとつに「成長企業に向かうリスクマネーの乏しさ」があげられます。ニッセイ基礎研究所の清水勘氏が北米を例に「リスクマネー還流の実態」について解説していきます。

4―北米の出口戦略

それでは、どのような出口戦略が北米で用いられているのか。【図表2】は、近年の北米におけるプライベートエクイティ(以下、PE)やベンチャーキャピタル(以下、VC)が投資した未上場企業の出口戦略の実績を示している。

 

【図表2】
【図表2】

 

ここでは、出口戦略をセカンダリー・セール、トレード・セール、IPOの3つに分類している。PEやVCが投資した未上場企業や事業を(1)同業のPEやVCへ売却して資金を回収する場合はセカンダリー・セール、(2)他の事業会社に売却して資金を回収する場合はトレード・セール、(3)株式上場を通じて資金を回収する場合はIPO、と区分けしている。前節3の切り口でみると、(1)と(2)が株式市場を介さない価格発見プロセスであり、(3)が株式市場を介した価格発見プロセスと言える。

 

ここで特徴的なのは、株式市場を通じたIPOが過半数を占めると言われる日本に比べ、北米では、株式市場を介さないセカンダリー・セールやトレード・セールのシェアが高いことだ。

 

1.北米でIPOの比率が低い背景…上場審査の厳正化を通じ投資家保護を重視する株式市場~

投資した未上場企業の株式を株式市場で新規に公開し一般の投資家に売り出すのがIPO(新規公開株式)である。北米の出口戦略に占めるIPOの比率は決して高くない。これは、拙稿*3でも触れたが、株式市場における上場審査の厳正化により、未上場企業のIPOがそもそも難しくなったことが背景にある。厳しい上場審査を克服する為に費やされる時間とコストも大きな障壁だ。その為、PEやVCが、敷居の高い株式市場を避け、それ以外の出口戦略に活路を求めたのは自然の成り行きであった。

 

【図表3】は、米国で行われたVCの出口戦略の内、取引情報を開示したものの件数を示している。その内、NASDAQ市場の上場基準のひとつである時価総額5千万ドルをクリアしていた取引の件数が表中の①となる。この件数をみると、同じ年にVC主導で実際に行われたIPOの件数(表中②)と比べても遥かに多いことが分かる。換言すると、出口戦略としてIPOを選べた場合であったとしても、最終的にそれ以外に流れた取引が少なからずあったということだ。以上から、VCにとり株式市場でのIPOが必ずしもベストな出口戦略にはなっていないことが伺われる*4。これは、以降で述べる通り、株式市場以外の経路で出口戦略を工面できる環境が米国で整っているためであろう。

 

【図表3】
【図表3】

 

無論、IPOが不要と言いきることはできない。1億ドル以上の企業価値があるユニコーン企業のような巨大スタートアップにとり、巨額の取引を取り持つことのできる株式市場のIPOは、今後も出口戦略の頼み綱であり続けよう。

 

*3:『減少するアメリカの上場企業-株式市場を敬遠する新興企業』清水 勘(2017-12-21)

*4:これ以外にもNASDAQ上場には基準があり、時価総額基準はあくまでもその一つにしか過ぎないことに留意。

2.北米でセカンダリー・セールの比率が高い背景~プロ投資コミュニティーの存在~

セカンダリー・セールとはPEやVCが投資した未上場企業や事業を同業他社のPEやVCに売却して資金を回収する出口戦略である。図1の通り、米国の出口戦略では、このセカンダリー・セールが安定的に高いシェアを占めてきた。その背景には、1940年代にまで遡る米国の未上場企業投資の長い歴史と、その歴史を通じて大きく発展したPEやVCといったプロの投資コミュニティーの存在がある。1982年には、セカンダリー・セールで売りに出た未上場企業への投資(以下、セカンダリー投資)に特化した投資会社*5が誕生した。

 

セカンダリー投資が本格的に加速するきっかけとなったのは、その後の金融危機であったとされている。2001年のドットコム・バブル崩壊で、未上場企業の経営が困難に陥り、多くの投資家が長期保有を前提に保有していた流動性の低い未上場企業の株式や債券を途中で手放さざるを得なくなった。そこにセカンダリー投資を専門とする投資会社が逆張りの発想でこれら資産を格安に買い取り、成功を収める。これに続けと新たなプレーヤーが参入し、米国のセカンダリー投資が活性化した。今日ではセカンダリー投資に特化した数多くのファンドがPEやVCや投資銀行によって設立されている。

 

また、その利用目的も、当初の金融危機に乗じたバーゲン・ハンティングから投資事業ポートフォリオの機動的な入れ替えまで、幅広く深化している。PEやVCが、セカンダリー・セールを通じて同業他社から未上場企業を買い取り、それを自社が投資する未上場企業と統合して投資先の企業価値を高めるBuy&Build戦略もそのひとつだ。この様に、セカンダリー・セールは、PEやVCの投資先ポートフォリオの最適化手段として幅広く活用されており、米国の出口戦略において確固たるプレゼンスを築くに至っている。

 

*5:VCFA Group: https://www.vcfa.com/about.html

3.北米でトレード・セールの比率が高い背景~事業会社の旺盛な成長欲求~

トレード・セールは、PEやVCの行った未上場会社を事業会社に売却して資金を回収する出口戦略である。事業会社による事業や会社の買収、M&Aは昔から行われてきた戦術であるが、近年になって、その事業会社が、PEやVCから未上場企業を買収する動きが加速化している。これは、オープン・イノベーションという新たな成長戦略と密接に関係している*6。GAFAなどの台頭を受け、加速度的に発展するテクノロジーが、多くの事業会社にとって脅威であると同時に新たな成長ドライバーとして認識され、自前ではなかなか手に入らないこれらテクノロジーを外部から取り込んで自らの発展につなげる試みが続いている。

 

【図表4】は、社外の未上場のベンチャー企業に出資することを目的として事業会社が設立したコーポレート・ベンチャー・キャピタル(CVC)が、VCと共同で行った投資の実績を示している。トレード・セールそのものを表すデータではないものの、事業会社がオープン・イノベーションの旗印のもとで積極的に未上場企業の買収を展開していることは、この図からも十分に伺うことができる。これを業種別の比率で見たものが【図表5】だ。ITソフトウェアや医薬バイオなど、自前のリソースだけでは開発が難しく、事業としてもリスクが高い、但し、成功すればその分だけ成長も見込めるような業種が上位を占める。この様に社内外を問わずあらゆる経営資源を活用して成長を持続させようとする米国企業の強い成長へのこだわりが、活発なトレード・セールを支える大きな力となっている。

 

【図表4】
【図表4】
【図表5】
【図表5】

 

 

*6:『大企業のコーポレート・ベンチャー・キャピタル(CVC)~大企業によるオープンイノベーション~』中村 洋介(2018-07-05)

 

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※本記事記載のデータは各種の情報源からニッセイ基礎研究所が入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本記事は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
※本記事は、ニッセイ基礎研究所が2023年3月20日に公開したレポートを転載したものです。

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