ウクライナ侵攻の目的として、ロシアはウクライナの「非ナチス化」を掲げています。日本では「ロシアの主張は言いがかりだ」と決めつける人も少なくありませんが、事実として、第二次世界大戦中のウクライナは、民族主義者「ステパン・バンデラ」を支持し、ナチスと連携した過去があったと、元外務省主任分析官で作家の佐藤優氏はいいます。プーチンが執拗に「ネオナチ」と非難するウクライナの歴史について、みていきましょう。

「ウクライナはナチス主義」とロシアが考えているワケ

今回の戦争の背景には、ロシアとウクライナの歴史解釈の違いがある。特に西ウクライナ(ガリツィア地方)の政治エリートと知識人によって進められた「ステパン・バンデラの名誉回復」が重要な争点だ。

 

ゼレンスキー大統領は、歴史認識に関してポロシェンコ前大統領の路線をいっそう純化する方向で進んだ。ロシアの歴史解釈では、バンデラ主義者はナチスの仲間だ。従って、現ウクライナ政権=バンデラ主義者=ナチス主義者という乱暴な図式が成り立ってしまう。

 

なお、バンデラは強力な反ユダヤ主義と反ポーランド主義も併せもっていた。ウクライナの現政権に対して、イスラエルが一定の距離を置いている背景には、バンデラ主義者の問題がある。ポーランドとウクライナの関係においても、バンデラの反ポーランド主義が中長期的視点から対立点となり得る。

 

今回の事態を理解するために、マルレーヌ・ラリュエル(米国ジョージ・ワシントン大学ヨーロッパ・ロシア・ユーラシア研究所所長)が書いた『ファシズムとロシア』(原題『Is Russia Fascist?』)という学術書が参考になる。やや長くなるが、重要な箇所なのでご紹介したい。

 

〈ウクライナでは、ナチ協力者運動の名誉回復は、ロシアヘの政治的スタンスの変化に沿って移り変わりながら、さらに曲がりくねった道を辿ってきた。

 

二つの主要な反体制運動、「ウクライナ民族主義者組織」(OUN)と「ウクライナ蜂起軍」(UPA)、そして彼らの英雄、ステパン・バンデラ(1909~59年)は、アメリカとカナダのウクライナ人ディアスポラや、特にガリツィアからの移民によって自由の戦士として絶えず讃えられてきた。

 

1991年末のウクライナ独立の後、バンデラは徐々に国民の英雄として名誉回復を果たした。最初は、何万人もの民間人がソ連の強制収容所に送られた記憶がまだ鮮明な西ウクライナで、それから全国にわたって、そしてオレンジ派の政府によって編纂を委託された新しい歴史教科書の中で。

 

キエフ当局にとって、バンデラはウクライナの独立のために──最初は1930年代にポーランドに対して、そして1940年代初頭にはソ連に対して──戦ったウクライナ・ナショナリストであった。

 

1941年と1944年の二度(その間の時期は投獄されていた)、バンデラはソ連軍に対抗するためにナチ・ドイツに協力した。彼の軍が、ドイツ軍直下の武装親衛隊ガリツィア支団の一部ではなかったとしても、彼は多くの国民社会主義の原則に従い、民族的に純粋なウクライナ民族を呼びかけ、ナチのジェノサイド政策に沿う強烈な反ユダヤ主義を体現していた。

 

新生ウクライナの歴史叙述では、こうした問題含みの伝記的要素はしばしば無視されるか、少なくとも最小化されてきた。例えば2009年、ユシチェンコ政権はバンデラの生誕100周年に彼を郵便切手のデザインに採用し、2010年には、死後に「ウクライナの英雄」という公式の肩書を与えた。しかし、この栄誉は東ウクライナと海外で憤激を巻き起こし、結局は撤回された。

 

この名誉回復の流れは、ユーロ・マイダン革命以降加速した。2015年、70周年の戦勝記念日の直前、当時の教育大臣で、長年「解放運動研究所」──ウクライナ民族主義者組織(OUN)とウクライナ蜂起軍(UPA)の英雄的な語りを称揚するために設立された組織──の所長でもあったヴォロドィミル・ヴャトロヴィチが、新たな、ポスト・マイダン期の歴史叙述を体系化する四つの法への投票を議会に求めた。そのうち二つは、ロシアとの記憶をめぐる戦争において特に影響を及ぼすものであった。

 

OUNとUPAのメンバーたちを「20世紀のウクライナ独立の戦士」とみなすという一つ目の法令は、これを非合法だとする世論の拒否にあった。二つ目の「共産主義と国民社会主義(ナチ)の全体主義体制への非難と、そのシンボルのプロパガンダを禁じる」法は、ソヴィエト体制全体を正式に犯罪化し、あらゆるソ連時代のシンボルを撤去することを命じるもので、違反者は10年以下の禁固刑に処される。

 

一切の開かれた議論もなく採択され、大多数の支持を得ているとも思えないこの非共産化法は、きわめて論争的である。歴史学界は、どのように「正しく」考えるべきかを教えられることへの危惧を表明し、欧州評議会ヴェニス委員会と欧州安全保障協力機構(OSCE)の民主制度・人権事務所(ODIHR)の共同見解は、第二の法は人々の表現の自由の権利を侵害するものだとした。

 

2016年、一連の法の1周年は、戦勝記念日に退役軍人たちが赤い旗を掲げようと試みた件への犯罪捜査で始まり、2017年にはヴャトロヴィチが、武装親衛隊ガリツィア支団のシンボルを飾ることは法が管轄するものではないという声明を出すに至った。

 

ソ連時代の公文書を彼の「国民記憶研究所」の管轄下に置くという決定は、ウクライナ史を「糊塗[白化]」することになるのではないかという危惧を生んでいる。ほとんど気付かないまま、ウクライナは多くの方法で、2か国間のミラー・ゲームのようにロシアが行っているのと同じ検閲ツールを適用している。

 

ロシアでは反ユダヤ主義は減退してきているが、ユーロ・マイダン革命以降のウクライナでの高まりは、民族主義的グループとペトロ・ポロシェンコ政権の双方から支持を受けた第二次世界大戦期の民族主義的蜂起の名誉回復が、現在の社会状況に危険な影響を及ぼしていることを立証する。

 

ゼレンスキー大統領の、より総意に基づく歴史政策がこの過激化を減速することにつながるかどうかは、まだわからない〉

※ (マルレーヌ・ラリュエル[浜由樹子訳]『ファシズムとロシア』東京堂出版、2022年)

 

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※本記事は、佐藤優氏の著書『プーチンの野望』(潮新書)から一部を抜粋し、GGO編集部にて再編集したものです。

プーチンの野望

プーチンの野望

佐藤 優

潮出版社

ロシアとウクライナの歴史、宗教、地政学、さらには外務官僚時代、若き日のプーチンに出会った著者だからこそ論及できるプーチンの内在的論理から、ウクライナ戦争勃発の理由を読み解き、停戦への道筋を示す。 〈戦争の興奮…

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