(※写真はイメージです/PIXTA)

「心の病」は目に見えるものではなく、検査しても測定することができません。そのため現在の精神科医療には、医師によって差が出ることなく、同じような診断や治療を行えるように「ガイドライン」が設けられています。とはいえ、「病院を変えたら診断名が変わった」という患者も少なくありません。一体どうしてでしょうか? 早稲田メンタルクリニック院長・益田裕介氏の著書『精神科医の本音』(SBクリエイティブ)より、「なぜ精神科医によって『診断』が変わるのか?」を解説します。

「医師によって診断が変わること」はよくある

患者さんの中には、

 

「通院している中で、診断が変わったことがあります」

「病院を替えたら、違う診断名が出ました」

 

という方もいらっしゃるかもしれません。

 

「現在はガイドラインに基づいて診断や治療をするので、医師によってズレが生じることは少ない」と言っておきながら、なんだか話が違うじゃないか、と思われるでしょう。

 

実際に、医師によって診断が変わることはよくあります。診断基準があるはずなのに、なぜ変わるのでしょうか。医師による診断に誤りがなくても、診断名が変わるケースとして、

 

1)患者さんに「症状をどこまで伝えるか?」が、医師によって違う場合

2)「あとになって、病気を発症した」ため、初めにはわからなかった場合

 

この2つが考えられます。

症状をどこまで伝えるか?医師たちの「考え方」

まず「症状をどこまで伝えるか?」について説明します。

 

精神疾患の多くは症状が重複することが多いため、患者さんによっては操作的診断*をすると、いくつもの精神疾患が合併することがあります(*操作的診断…明確な診断基準を設け、その基準に症状を当てはめることで診断する方法)。

 

そのため、A医院はメインとなる疾患だけを伝えたが、B医院はそれ以外の疾患まで伝えたので(もしくはメインとなる疾患を別のものと判断したため)、診断が変わってくる、ということも起こりえます。

 

たとえば、ある患者さんは仕事のストレスから、電車内で呼吸困難を感じ、不安になるというのを繰り返し、電車に乗ることが怖くなったとします。そして、気分の落ち込み、睡眠困難を自覚するようになった、と仮定します。この場合、パニック障害、適応障害、睡眠障害、などの病気が診断として考えられます。

 

そうすると、A医院ではパニック障害と睡眠障害(メインはパニック障害と考えた)、B医院では適応障害(メインは適応障害と考えた)、C医院ではパニック障害と適応障害(メインなど考えず、両方伝えた)と、伝え方が病院によって変わる可能性があります。

 

患者さんとしては、「より正確に伝えてほしい」という気持ちもあるかと思いますが、正確に伝えすぎるとかえって混乱を招くこともあり、重要なことにしぼって伝えるというのは、医療現場ではよくあることです。

 

このケースは、「仕事のストレス」という1つの問題をきっかけに、2つ以上の症状が出たというものですが、病気の発生が前後するケースもあります。たとえば、「発達障害」の症状がある患者さんに、「うつ病」の症状も見られる――これを科学的に考えると、「発達障害」と「うつ病」の2つの疾患を合併していることになります(横並び)。

 

A医院の精神科医は、まず「発達障害」がベースにあって、二次症状としての「うつ症状」が出たと考えたとします(上下並び)。そうなると「診断は発達障害、二次症状でうつ症状」とカルテに書きます。すると、患者さんに対してメインの疾患だけを伝え、「発達障害ですね」と言うことになります。

 

B医院の精神科医は「うつ病」を発症し、そのためベースにあった「発達障害」の症状が悪化した(それまではグレーゾーンと呼ばれるもので、症状は軽かった)、と考えたとします。その場合は、メインの疾患を「うつ病」と伝えるかもしれません。

 

C医院の精神科医は、もともと「発達障害」があったが、未診断であり、今回新たに「うつ病」を発症したと考えるかもしれません。その場合は、「発達障害」および「うつ病」と伝えるでしょう。

 

いずれのケースでも、現実という膨大な量の情報から、何を抜き取り、どこに焦点を当て、誰に伝えるか、という話です。その匙(さじ)加減は、治療者側のセンスの問題でもありますし、受け手側との相性にもよるなど、さまざまな要因で決まります。

 

これは誤診などではなく、何を伝えるのか、何を伝えないのか、という問題です。

あとになって病気を発症するケース

次に、「あとになって病気を発症した」ケースについて考えてみましょう。

 

A医院で診断された時点では発症していなかった症状を、B医院で診断された時点で発症していた場合、診断が変わってくるということです。「後医は名医」という言葉があります。最初の病院を受診したときには癌細胞が小さく、発見されなかった。でも、後日別の病院に行ったときには細胞が大きくなっていて、癌と診断された…といったことは起こりえることです。これは精神科にも当てはまります。

 

 

パニック障害の人が、後にうつ病を発症することもあるし、発達障害の人が後に統合失調症を発症することもあります。当初はパニック障害の人の不安だと考えられていたものが、さらに悪化し、抑うつ気分などの症状に発展することもあります。発達障害の人の聴覚過敏が、後に「聞こえないはずの声」がはっきりと聞こえるようになり、幻聴だったとわかることもあります。

 

そういうケースだと、病院を替えることで診断が異なってくる可能性があります。

 

 

益田 裕介

早稲田メンタルクリニック 院長

 

 

※本連載は、益田裕介氏の著書『精神科医の本音』(SBクリエイティブ)より一部を抜粋し、再編集したものです。

精神科医の本音

精神科医の本音

益田 裕介

SBクリエイティブ

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