結婚を約束し交際していた男性が、既婚者であった場合…。そもそも既婚者だと知らされていなかったり、知っていても「妻とは別れる」と言われていたり、様々なパターンがあるでしょう。交際相手に損害賠償を請求できるとしたら、どのような形になるのでしょうか。判例とともに詳しく解説します。※本連載は、三輪記子氏の著書『これだけは知っておきたい男女トラブル解消法』(海竜社)より一部を抜粋・再編集したものです。

結婚前提で「既婚男性」と交際していたが…

【相談内容】

40代前半の妻子ある男性と交際しています。知り合った当初から彼は、妻と不仲で離婚するという話をしていて、必ず私と結婚すると約束してくれました。

 

けれど、その約束が果たされないまま、3年が過ぎてしまいました。そろそろ三十路を迎えるということもあり、このままだと婚期を逃しそうなので、彼と別れて婚活しようと思います。彼に慰謝料を請求することはできますか?

慰謝料を請求できるのは「既婚と知らなかった」場合

彼への憎しみから彼に慰謝料請求したい気持ちになっておられるのですね…わかります。そういったお気持ちになられるのはあなただけのことではありません。彼の煮え切らない態度や彼への不信感、別れの予感、ご自分の時間を浪費したことに対する徒労感、情けなさなど様々な負の感情が襲ってくるご状況なのだと思います。

 

さて、それでは彼が結婚してくれないことに対して慰謝料請求はできるのでしょうか。できるとしたらその根拠は何になるのでしょうか。

 

この点、裁判例を調べてみますと、一方当事者が自身に配偶者がいることを隠して婚活サイトなどで出会った相手と、結婚を前提とするかのような親密な交際を継続したことが相手の人格権、貞操権を侵害した不法行為であるとして精神的損害に基づく慰謝料請求が命じられているものがあります。

 

(画像はイメージです/PIXTA)
(画像はイメージです/PIXTA)

 

例えば、平成22年10月21日東京地裁判決は「結婚の可能性のある真剣な交際のできる男性以外、交際するつもりはないという原告の心情を知りながら、原告との婚姻の意思やその可能性が全くないにもかかわらず、これがあるかのように装って、原告に交際を申し込み、また自らが妻と婚姻した後もその事実を秘して原告との交際を継続した被告の行為は、原告の人格権、貞操権を違法に侵害した不法行為にあたることは明らかというべきである」と判示し、原告に対する慰謝料の支払いを命じました。

 

また別の事案(令和2年3月2日東京地裁判決)では、裁判所は、

 

「被告は、原告に対し、既婚者であることを隠して、自身のプライベートを打ち明けるかのような言動をして原告に信頼感を与えたり、原告との結婚をほのめかす発言をしたりして、原告を誤信させ、被告との婚姻に対する将来への期待も抱かせて、原告と交際関係を持つに至り、複数回にわたって性交渉に及んでいたのであるから、被告が原告の貞操権を侵害したものと認められる。

 

被告は、悪意はなかった旨供述するが、認定した被告の言動の内容に照らして、その供述はおよそ信用できない。また、被告の供述には、原告が性に解放的であった旨言及する部分があるが、原告が被告に対して、結婚を視野に入れた交際を期待し、そのような交際における性的関係を望んでいたものと認められるから、原告の貞操権侵害を左右するものではない」と判示し、原告に対する慰謝料の支払いを命じました。

 

令和2年6月25日東京地裁判決は「被告は、原告が男性と交際をするのであれば結婚を念頭に置くことになり、不倫は受け容れられない旨述べていたことを知りながら、自己が法的には既婚者であることを原告に告げず、被告が独身者であると誤信した原告と肉体関係を伴う交際を開始してこれを継続し、その後も、既婚者であるとの事実を原告に説明する機会があったにもかかわらず、客観的事実とは異なる説明を繰り返したものであって、そのような被告の行為は、不法行為に該当する違法な行為に当たるものと認めるのが相当である」と判示しました。

 

平成30年1月19日東京地裁判決は「被告の行為は、原告に被告が独身であると思わせ性交渉をもち、その後は妻とは離婚し原告と結婚すると信じさせて交際を継続させたものであって、原告の貞操権(性的自由)を侵害するものであり、不法行為を構成するというべきである」など判示しました。

 

貞操権侵害が認められた事案では、未婚者と偽った方が相当程度積極的に虚偽事実(独身である等)を信じさせようとしていた場合です。

 

相手が既婚と知っていた場合は「共同責任」とする事例

一方、昭和58年10月27日東京地裁判決は原告女性が被告に妻がいることを知りながら交際を継続した事案について、原告の請求について原告被告双方ともに違法性がある場合には請求を認めないとする民法708条(不法原因給付)に基づき原告の請求を棄却しました。判決中でこのように述べています。

 

「乙山(仮名)が妻との関係は破綻している、妻と別居した、離婚話が進んでいる、遂に離婚が成立した等と申し欺いて花子との関係を10年余にもわたり継続したことは十分非難に値するものというべきである。

 

しかし、両名が私的に交際を始めた当時、花子(仮名)は満27歳に達しており思慮分別を備えていなかったとは認め難く、事実、乙山と初めて情交関係を持つ以前から乙山の妻の立場を強く意識し、また乙山との関係を継続中、同人の態度に疑問を抱いて同人に明確な態度をとるよう求めているのであって、乙山を愛するあまり同人の言を一途に信じたいという心理が働いた結果であるにせよ同人が既婚者であることを知りながら情交関係を結びこれを継続させたことは極めて軽卒な行動であるとの誹を免れない」

 

「以上の認定、判断及び乙山、花子の年令、経歴、両名が知り合ってから初めて情交関係を持つに至るまでには約3年の期間の経過があること、初めて情交関係を持つに至った動機、その後の経過、両名の関係は花子の家族らは知り又は知りうべきであったが、乙山の妻には極力発覚しないよう花子らも協力してきたこと、原告らにおいて乙山の家庭状況の調査を行なおうとしなかったこと、乙山は花子が出産した子を認知し、養育料も支払っていること等の諸事情を考慮勘案すると、乙山の詐言がなければ花子との間に情交関係は生じなかったであろうとは言うことができても、花子が情交関係を結んだ動機が主として乙山の詐言を信じたことに基因するとまで言いうるかは疑問であり、右関係を生じるに至った責任が主として乙山にのみあるとは断定できないし、情交関係継続の責任は乙山と花子の共同責任であると言っても過言ではない。

 

したがって、花子の側の情交関係誘起及びその継続の動機に内在する不法の程度に比し、乙山の側における違法性が著しく大きいものとはとうてい評価することはできず、このような情交関係による貞操権侵害を理由とする損害賠償請求は、民法708条の法の精神に反するものとして許されないというほかはなく、本件全証拠によるも右判断を左右するに足りる事情を見い出すことはできない」

むしろ「損害賠償を命じられる」リスク大

裁判例を見ますと、貞操権侵害が認められるのは、一方当事者が既婚者であることをことさら隠して相手方と結婚することを期待させて親密な交際を継続した場合であることがうかがわれます。

 

本件においては、あなたは交際当初から相手が既婚者であることをご存知だったようですから、貞操権侵害が認められる可能性が低いと思われます。

 

とはいえ、細かい事情により結論は異なるので、これまでのことを思い返し、どんな事情があったか冷静に考えてみてもよいかもしれません。

 

ただし、本件の場合、貞操権侵害により損害賠償が認められる可能性よりも、相手の妻から訴えられて損害賠償が命じられる可能性の方が高いと考えられますから、やぶ蛇にならないようにすることも考慮してもいいかもしれません。

 

<まとめ>

●一方当事者が既婚者であることをことさら隠して相手方と結婚することを期待させて親密な交際を継続した場合は、貞操権侵害が認められる可能性がある。

 

●ただし、一方当事者が既婚者であることを相手方が認識していた場合は、貞操権侵害が認められる可能性が低い。

 

 

三輪 記子
弁護士(第一東京弁護士会)

 

 

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