1980年代前半、まだ活況だったきもの業界に飛び込んだ著者は、「ユーザー目線の欠落」という、通常のビジネスではありえない現状に愕然とします。きもの姿で仕入れ先に行けば、関心されつつも、あざ笑われるありさまで、きもの産業に携わる人々の多くは、きものを「着るもの」ではなく「単なる売り物」という認識しかないことは明らかでした。筆者はそんな業界の行き先に不安を覚えます。

すべてを見立て、京都の専門業者とつなぐ取次業

宮城県気仙沼市で「有限会社たかはし」を経営している筆者は、業界最盛期の1983年からきもの業界に携わってきました。バブル直前できもの業界がまだまだ盛り上がっていた時期から市場が徐々に小さくなっていくまでを、この目で見てきました。

 

筆者の母が自宅の一室で「御誂京染たかはし」を創業したのは、1967年のことです。京染悉皆屋とは、白生地からの誂え、洗い、染め替え、お仕立てなど、きものに関わるすべて(=悉皆)の仕事を見立て、京都の専門業者とつなぐ取次業です。

 

お客さまのご希望やきものの状態などを総合的に判断し、必要な処置をご提案したうえで、洗い業者や染め上げ、仕立ての専門業者などとの仲介役を果たします。洋服でいえば、テイラー(仕立て業者)とクリーニング店を兼ねているようなもので、さしずめ、きものユーザーのすべての要望に応えるよろず相談所といったところでしょうか。

 

当時は、一部のご年配者を除いては、ほとんどの人は洋服が日常着でしたが、母がきものをなりわいにしていたこともあり、筆者の周りには常にきものがありました。母だけでなく祖父母も普段からきものを着て暮らしていましたし、石油会社で働いていた父も、仕事から帰ると背広を脱ぎ、きものでくつろいでいたものです。そして筆者も、幼いころから日舞を習っていたこともあり、きものを着ることには慣れていました。

 

母が仕事と家事で多忙だったため、姉と筆者は小学生のころから母の仕事を手伝っていました。当時のお小遣いは、月300円。これではとても足りないので、筆者たちは1カ所30~50円できものの刺繍をほどくアルバイトをして、お金をもらうのが常でした。家の手伝いをしてお金を稼いでいる同級生は、ほぼ皆無。子ども心に、「なんでこんなことをしなきゃいけないのかなあ」と不平を感じていました。ただ筆者は、きものの色彩美や絹の手触りがとても好きでした。いま思うと、あの刺繍ほどきの現場が筆者の原風景なのかもしれません。

「たいして着もしないのになぜ関心をもたれるのか?」

筆者がたかはしで働き始めた1983年当時、母はまだ50代前半で、子育てから完全に解放されてフルタイムで仕事をしていましたし、手伝ってくれるスタッフも2人いました。一方、跡取りであった姉が嫁いでしまったことで、筆者はピンチヒッターとして家業に入りましたから、まったくやりたい仕事ではありませんでした。いま思うと、実に甘ったれた仕事ぶりだったと思います。年商はおそらく3000万円程度と記憶していますが、それでも母と筆者、それに2人のスタッフを養うには十分でした。

 

筆者がたかはしに入った直後くらいの時期に、お店できものや和装小物の展示会を催したことがあります。そこはたくさんの来場者が押し寄せ、ものすごい熱気に包まれていました。筆者はごった返す人々をかき分けながら、「きものって、たいして着もしないのにこんなに関心をもたれているのかなあ?」と不思議に感じたのを覚えています。

 

たかはしは呉服屋とは一線を画したきもの業でしたから、展示会は年1回のみで実に地味な商いでしたが、一般の呉服屋は、それは華やかな印象でした。新聞の広告からは頻繁に作家展を催している様子がうかがわれました。数百万円もする人間国宝の方のものから、よく分からない似非作家のものまであったように思います。どのお店もきっとそれなりの売上があったはずですが、筆者は業界の先行きにぼんやりとした不安を感じるようになりました。誰も着ていないきものが、売れ続けるわけはないと……。

 

(※画像はイメージです/PIXTA)
(※画像はイメージです/PIXTA)

 

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髙橋 和江

幻冬舎MC

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