ヒューマンエラーによる医療事故は、減らすことはできてもなくせるものではありません。できる限り減らすためには、「注意しよう」というシュプレヒコールではなく、原因の「分析的な理解」が不可欠です。人間の複雑な行動をシンプルに捉える「行動モデル」について、対談形式で解説します。※本記事は、河野龍太郎氏の著書「医療現場のヒューマンエラー対策ブック」(日本能率協会マネジメントセンター)より抜粋・再編集したものです。

ヒューマンエラー「注意しよう」よりも原因分析が必要

――医療現場のヒューマンエラーによる事故が頻繁に起こっています。なくすためには何をすればいいのでしょう。

 

河野:まず、理解していただきたいことは、ヒューマンエラーはゼロにはならないということです。安全などどこにも存在しません。あるのはリスクだけなのです。私たちは非常に低いリスクのことを勝手に安全と言っているだけなのですね。エラーの発生確率を極限まで低減することはできても、ヒューマンエラー自体をゼロにすることはできないのです。

 

(※写真はイメージです/PIXTA)
(※写真はイメージです/PIXTA)

 

――エラー防止のためにヒヤリハット情報の収集などは、広く現場に普及していますね。

 

河野:リスクを低減するためには、「起こったものを分析して対策をとる」と「起こる前に対策をとる」の2つのアプローチがあります。その意味でヒヤリハット情報の収集と分析は「起こる前」のアプローチだと言えます。確かにリスクは低減するし、アプローチ自体は間違っていません。ヒヤリハット事象が正しく分析された場合には有効な対策が期待できます。

 

しかし、エラーとなった行動やその背後の要因全体が分析されていない場合には、対策は限られたものになってしまうでしょう。ヒヤリハット事象の分析は絶対にやるべきですが、単にやるだけでは有効な対策の立案と実行には限界のあることを知っておいてください。

 

――では、減らすためには、何を知って何をすべきでしょう。

 

河野:まず最初に行うべきは、ヒューマンエラーがなぜ起こるのかという発生のメカニズムの基本的考え方を理解し、具体的にどのように起こったのかを明らかにすることです。従来、エラーの原因は「不注意だった」「ボンヤリしていた」といった個人の状態を問題視し追求してきました。

 

しかしそうなると、最終的な対策は「注意しよう」といったシュプレヒコール(スローガンの唱和)で終わってしまうのです。そうではなくて「人は環境や体調などの特性によって結果的にウッカリしたり、間違った判断をするものだ」という理解のもと、なぜその行動を取ったのかについて考えるべきなのです。

エラー発生と拡大防止に有効な「工学的アプローチ」

――提唱されるヒューマンファクター工学的アプローチとは、発生メカニズムを明確化するということですか?

 

河野:ヒューマンファクター工学的アプローチとは理論に基づいて理に適った具体的な対策を実行するという一連の考え方です。まず、人はその能力を越えることができません。仕事で能力以上のことを要求されても、それ自体がムリな話です。この部分をきちんと管理することです。

 

さらに、エラーを減らしたければ、まず、起こりにくい環境をつくることが大切です。次に、人がエラーを誘発するような環境に置かれても、それに負けないようにすることです。ヒューマンファクター工学的アプローチは万能ではないけれども、それを管理する強力な手段であることは事実です。

 

――なくすことはできなくても、管理することはできる?

 

河野:ここでいう管理とはリスクの管理、可能な限りリスクを減らすという意味です。ヒューマンエラーをトリガー(引き金)として事故が発生するのであれば、「エラーそのものをなくす」「エラーが起きても拡大させない」という2段階があることに注目しなければならない。これはヒューマンエラーだけでなく、システムセーフティの基本的な考え方です。この発生防止と拡大防止に対して工学的アプローチを応用すると有効だということです。

 

次ページ人間の複雑な行動をシンプルに分解する「行動モデル」
医療現場のヒューマンエラー対策ブック

医療現場のヒューマンエラー対策ブック

河野 龍太郎

日本能率協会マネジメントセンター

医療現場のヒューマンエラーはゼロにはできないまでも、管理して減らすことができます。人間の行動モデルをもとに、 B=f(P、E) という式を知り、それによって人間の行動メカニズムを理解することがその第一歩です。 …

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