「親が認知症で要介護」という境遇の人は今後、確実に増加していくでしょう。そして、介護には大変、悲惨、重労働といった側面があることも事実です。しかし、介護は決して辛いだけのものではなく、自分の捉え方次第で面白くもできるという。「見つめて」「ひらめき」「楽しむ」介護の実践記録をお届けします。本連載は黒川玲子著『認知星人じーじ「楽しむ介護」実践日誌』(海竜社)から一部を抜粋、編集した原稿です。

「五輪聖火ランナー」じーじの夢は叶ったか?

じーじ、聖火ランナーになる?

 

最近のじーじは新聞にピンクのラインマーカーを引くことに凝っている。

 

まずは、日付をピンクで囲む(これは日付を確認するルーティン)。面白いからそばで観察してみることにした。気になる記事の印をつけているのかと思いきや、どうやらそうではないらしい。その証拠にテレビ欄はほぼ、まっピンク。脈絡がない。

 

東京オリンピック・パラリンピックの聖火ランナーに応募したが…。(※写真はイメージです/PIXTA)
東京オリンピック・パラリンピックの聖火ランナーに応募したが…。(※写真はイメージです/PIXTA)

 

ある日、東京オリンピックの聖火ランナー募集の記事をぐるぐるピンクにしていたじーじが一言。

 

「来年は東京オリンピックか、これで東京での開催は3回目だな」
「夏のオリンピックは2回目じゃないの?」

 

と言った瞬間、認知星人のスイッチON!

 

「何を言っているんだ、1940年に第1回目の東京オリンピックが開催されたことも知らないのか」
「(心の声)それってまぼろしの東京オリンピックと言われているやつじゃないの?」
「いいか、俺はなその時に、オリンピックの実行委員だったんだ。だから間違いない。満州国皇帝の溥儀さんに頼まれてな、いろいろ手伝ったんだよ」

 

へ? オリンピックの実行委員? 溥儀に頼まれた? 1940年といえば、じーじはまだ12歳、おまけに満州に住んでいたはずだが……。すると、「聖火ランナーにも選ばれていたんだが、順番が回ってこなくて走れなかったんだ」と、話はますます膨らみしゃべる! しゃべる。ひとしきり話をしたあと、再び新聞に目を落とすと、「来年まで生きていたら、走ってみたいなぁ」とポツリ。

 

なんだか、遠くを見つめるじーじの願いを叶えてあげたくなったので、

 

「じーじ、さいたま市で聖火ランナー募集しているから、応募しよう! 当選したら走れるかもしれないよ」と言ってみたら、

 

「なに! 俺が走れるのか?」
「当選したらだよ」
「そおーか、92歳まで生きていれば走れるんだな」

 

すっかり走れるものだと思いこみ満面の笑顔、おまけに、筋トレと称して、椅子に座って腿あげをして走る気満々。

 

思い立ったら即行動! じーじの夢を叶えるべく、じーじの名前でエントリー! もちろんじーじは走れないので車いす参加、もちろん伴走は私。発表は12月。じーじの夢が叶いますように!

 

じーじの願いは叶った? 埼玉県では、65人の聖火ランナーを公募していた。後で知ったことだが、なんと1万4113人が応募したそうだ。倍率は217倍。なかでも応募者が一番多かったのが、わが家の住むさいたま市だった。

 

結果は、残念ながら落選……じーじに伝えたところ、「お前は何をわけのわからんことを言っているのだ」と、応募したことすら忘れていたのであった。

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認知星人じーじ「楽しむ介護」実践日誌

認知星人じーじ「楽しむ介護」実践日誌

黒川 玲子

海竜社

わけのわからない行動や言葉を発する前に必ず、じーっと一点を見据えていることを発見! その姿は、どこか遠い星と交信しているように見えた。その日以来私は、認知症の周辺症状が現れた時のじーじを 「認知症のスイッチが入っ…

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