相続の中でも、「不動産の承継」では特にトラブルが発生しやすい。物件に同じものは1つとしてないため、問題の争点・解決策は状況によってまったく異なる。そこで本連載では、不動産の相続対策に強みをもつ専門家集団・株式会社財産ドックの編著『20の事例でわかる 税理士が知らない不動産オーナーの相続対策』(クロスメディア・パブリッシング)より一部を抜粋、事例を紹介し、実践的な対策方法を解説していく。

「借金してアパート経営」は相続税対策に有効なのか

福岡県南部にお住まいのGさんのケースです。

 

Gさんは、私たちと提携している司法書士から紹介されたお客様で、先祖代々の地主です。数年前から、所有している土地にアパートを建てて賃貸経営もしていたそうで、ご自身の身に何かあったとき、どのくらいの相続税がかかるのか心配になり、家族信託セミナーに参加したそうです。

 

Gさんは70代後半で、家族には三人のお子さん(長女、次女、長男)がいらっしゃいます。奥様はすでに亡くなっており、Gさんは自宅で一人暮らしをしています。長女と次女は結婚して家を出ており、長男は自宅の敷地にあるアパートで奥様と暮らしています。

 

Gさんはこれまで相続対策のセミナーには何度か参加したことがあるそうですが、全てハウスメーカーが主催するセミナーで、現在経営しているアパートもそのセミナーで勧められて建てたものでした。

 

ハウスメーカー主催の相続対策セミナーでは「ローンを組んでアパートを建てれば、土地の資産価値が下がるため相続税を減らすことができる」と説明されたそうです。更地のまま保有するよりも、アパートなどの賃貸物件を建て「貸家建付地」として土地を保有した方が相続時の評価が低くなるということです。

 

Gさんはその説明を聞き「これは大きな節税対策になる」と考え、ハウスメーカーに勧められるまま、7棟のアパートを建てたそうです。しかし、家賃収入により所得は増えましたが、賃貸経営は想像以上に難しく、維持管理費や固定資産税などがかさみ、現金が減っていくのが悩みの種になっていました。

 

私たちがGさんにお会いし、詳しい状況をヒアリングしていく中で、あることに気がつきました。それは様々な相続対策セミナーに参加していたGさんでしたが、「正しい相続対策」をしていなかったという事実です。

 

どういうことかというと、Gさんは「相続税」のことしか考えておらず、「どの不動産を誰に渡すのか」「相続税を支払うために必要な現金はどのように工面するか」など、相続対策として本当に必要なことを考えられていなかったのです。

 

実際、Gさんとお会いしたときに受けた最初の質問は「このままだとどのくらい相続税がかかるのでしょうか?」といった内容で、相続税のことだけが頭にあったようでした。そのため「相続対策」とはどういうものなのか、基本的なことから理解してもらう必要がありました。

 

また、Gさんからお話を伺う限り、不動産と現金のバランスが明らかに悪い状況にもかかわらず、それに関して対策をしていないことも気になりました。前述の通り賃貸経営はうまくいっているとは言いがたく、対策をとるのであれば早急に取り掛かる必要がありました。しかし最初はなかなか懐事情をお話ししていただけず、何度か打ち合わせの場を設ける中で、ようやく現状のキャッシュフローについてお話ししていただけるようになったのでした。

 

相続対策の本質を理解していなかった
相続対策の本質を理解していなかった

問題点:節税だけに焦点を当てた間違った相続対策

Gさんは相続税を減らすことを考えるあまり、賃貸経営をすることが資産を目減りさせてしまっているという事実に気がついていませんでした。

 

そのため、あえて極端な対応策を最初に伝えました。保有している不動産を全て売却し、それをお子さんたちに三等分するという方法ならば、資産の減少を避けることができます。

 

Gさんが保有している土地は立地が良く、売りやすい土地ということもこの提案をした理由の一つでしたが、それよりも建物の減価償却が終わる時期が迫っており、減価償却の節税効果が切れることでGさんの所得税が跳ね上がり、現在よりもさらに資金繰りが厳しくなる可能性があったことが大きな理由でした。そのため、不動産の売却は考えるに値する有効な選択肢の一つだったのです。不動産を全て売却するというのはGさんも想定外だったのでしょう。大胆な提案に驚いた様子でしたが、事情を聞いて納得してくれました。

 

そして、私たちからその他の選択肢も提示した上で色々と考えていただきましたが、Gさんが出された答えは「先祖代々受け継いだ土地を全て売ることはできない」ということでした。「土地は子どもやその次の世代に受け継いでほしい」。これが、Gさんが本当に相続で重視したいことだったということです。

 

そのため、売却という方法以外でいかにスムーズにお子さんたちに資産を引き渡していくかを考え、それに沿った本格的な相続対策をしていくことになりました。

 

Gさんは、節税対策だと思ってハウスメーカーの話を鵜呑みにしてしまったことを、とても反省していました。7棟ものアパートを一気に建てたことで相続税の支払いに影響が出るほど現金が減ったという現状に、ようやく気がついたのです。税金を減らすために行った対策が結果的に資産を減少させていたのですから、なんとも皮肉な話です。

 

相続対策セミナーでハウスメーカーに質問をしても「アパートを建てれば大丈夫」としか言われなかったことに、Gさんは怒りを感じていました。

 

しかし、ここまで状況が悪化してしまったのはハウスメーカーだけでなく、Gさんの顧問税理士の影響も大きかったと言えます。

 

Gさんが相続について最も頻繁に相談をしていた相手は、自身の顧問税理士でした。一般的に税理士は税の専門家ではありますが、相続の専門家ではありません。資産税すなわち相続税の申告を頻繁にやっている税理士は、稀だと言えます。申告はできるものの、それを経験的に得意としているケースは少ないのです。

 

そういった税理士に不動産の相続の相談をすると、今回のように、ハウスメーカーの提案を「相続税」の視点からだけ考え、これをいかに抑えるのかという点のみに焦点を当てた、全体的な配慮に欠けたアドバイスになってしまいがちです。ですが、相続対策において重要なのは相続税の節税だけではありません。そこはアドバイスを受ける側のGさんもしっかり理解しておかなければなりませんでした。

 

本当の相続対策とは相続税を減らすことだけではなく、相続人であるご家族の将来を考え、スムーズに資産を引き継げるようにすることです。相続税に関するアドバイスばかり受けていたGさんは「相続対策」=「相続税対策」であると勘違いをしていたのだと思われます。

解決策:将来について考え、適切な相続対策を行う

最初はご自身の資産状況を明らかにすることを避けていたGさんでしたが、お話しする回数を重ねるごとに考えが変化していき、最終的に資産全体に関する本格的な相続対策について相談を受けることになりました。

 

不動産をはじめとした、資産・負債に関する資料を全て見せていただき、その内容を基にして、相談時から15年後までの詳細なキャッシュフローがわかるようなシミュレーションを行ったのです。

 

また、Gさんは今まで資産状況については家族内の誰にも明らかにしていなかったそうなのですが、このタイミングに合わせてお子さんたちにも集まってもらい、資産状況についてきちんと話をしていただくことを提案しました。相続はGさんだけでなくお子さんたちにも大きく関わってくる問題だからです。

 

資産総額やそれにかかる相続税の金額、そして将来それらがどう変遷していくのかなど全てを明らかにした上で、今後の対策について家族で話し合える場を設けました。

法人を設立し「現金不足」を解消

今回のケースにおいて最も早急に対応すべき問題は、現金不足への対策です。現在のままだとGさんの現金は目減りする一方です。このままだと望んでいない不動産の売却をせざるを得ないような可能性が出てくるのです。

 

7棟のアパートを経営しているGさんのもとには、毎月家賃収入があります。さらに、もともとGさんは会社経営を行っており、そこに家賃収入も加わって、所得は4000万円を超える金額になっていました。そのため毎年高額な所得税を払わなければなりませんでした。

 

さらに、毎年多額の固定資産税などの支払いや、アパートの修繕費も不定期に出ていきます。そして将来Gさんの相続が起こった場合の相続税のことを考えると、Gさんの手元にある現金は決して充分とは言えません。相続でトラブルを防ぐには、保有している不動産を整理し、現金の割合を増やして資産バランスを良好にする必要がありました。

 

そこで私たちが提案したのは、お子さんたちに法人を設立してもらうという方法です。この法人に少しずつ資産を譲渡し、Gさんの収益資産を減らしていくのです。この方法であればお子さんたちに平等に資産を分割することができますし、アパートの所有権が法人に移るため、Gさんの所得税も抑えることができます。

 

また、土地はGさんが保有して、法人がGさんに地代を払うという形をとることで、建物の維持管理費は法人が負担し、Gさんは地代を貯蓄することが可能になります。Gさんが長生きするほど現金が貯まり、相続税の原資を作る効果も高まる、有効なスキームだと言えるでしょう。

 

Gさんもお子さんたちもこの提案を前向きに考えてくださり、すぐに法人を設立することになりました。現在は、7棟のアパートのうち4棟を法人に売却し、残り3棟もこれから売却していく予定です。代々守り続けてきた土地をしっかりとお子さんたちに引き継ぐ準備が整っていき、Gさんも満足してくださいました。

 

また、アパートと並行して、自宅ならびにその他の遊休地に関しても相続対策を行いました。実は保有している不動産の中で自宅の立地が一番良く、最も相続税が高い資産でした。そのため、こちらの相続対策も必要不可欠だったのです。

 

今回のケースでは、敷地内にGさんの長男が住んでいるため、この土地を長男に相続すると「小規模宅地の特例」を適用することができます。小規模宅地の特例は、亡くなった方が住んでいた自宅にかかる相続税の評価額を最大で80%減額することができる、非常に節税効果の高い特例です。この特例を使うことで大幅に相続税を抑えることができるのです。

 

こうして、自宅に関しては将来はGさんの長男が相続するということになりました。しかし、これだと長女と次女にとっては不公平な相続になってしまいます。そのため、Gさんには生命保険に加入していただき、Gさんが亡くなった際の保険金は長男に渡るようにし、不動産は長男、代わりに長男が受け取った生命保険金を代償分割として、長女と次女に現金として分けられるような対策を行いました。

 

また、遊休地に関しては賃貸用戸建の建築が進んでいます。Gさんが所有されているエリアは将来的にも人口の減少が他の地域と比べて穏やかであると考えられるため、賃貸経営としては一番リスクが少なく、かつ収益性としては一番高い賃貸用戸建の建設を提案したのです。将来分割をすることになっても、自由に分割をしやすいのも提案の要因とも言えます。

 

Gさんとは、現在も定期的に打ち合わせを行っています。今は、新たに20年先までの相続プランを作り、それを実行している最中です。初回の相談時には7000万円ほどの相続税がかかる想定でしたが、法人への譲渡や小規模宅地の特例、生命保険などを利用することで、現在は1000万円ほどまで相続税を抑えられるようになりました。正しい相続対策を考えることで、結果的に相続税自体も抑えることができたのです。

 

もちろんこれらの対策にはメリットだけではなくデメリットもあるため、その両面をしっかりと理解してもらい、納得した上で本当に必要な対策だけを取るようにしています。

 

まとめ

今回のケースのように「相続対策=相続税対策」と考えてしまう不動産オーナーの方は非常に多いものです。Gさんの場合は保有していた賃貸アパートの立地が良かったため、収益物件として成立していましたが、ハウスメーカーの口車に乗せられ、何も考えずにアパートを建ててしまい、全ての資産を失ってしまったという話は後を絶ちません。

 

本当に意味のある相続対策というのは、相続税を減らすことではなく、保有している資産を次の世代に上手に引き渡すということなのです。不動産のオーナーはそのことをしっかりと意識して相続について考える必要があると言えるでしょう。

 

 

株式会社財産ドック

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