中国武漢で猛威を奮い、世界的な感染拡大も懸念されている新型コロナウィルスだが、市場では経済停滞による需要減の不安から先ず原油価格が急落した。世界経済の反応や市場の動きを、香港からNippon Wealth Limited, a Restricted Licence Bankの長谷川建一CIOが解説する。

新型コロナウイルスの感染拡大か

1月30日、新型コロナウイルス感染者が、中国本土内で7,711人に増えたことを中国政府が発表した。死者数は170人に達し、湖北省で新たに37人、四川省でも初めての死者が出た。また新たにチベット自治区で1人の感染が確認され、中国の31の省・自治区・直轄市全てで感染者が出たことになる。

 

追記:1月31日午前(日本時間)時点での報道では、中国本土内での死者数は213人、感染者数は9,692人

 

また、世界保健機関(WHO、本部スイス・ジュネーブ)は、新型コロナウイルスが世界に及ぼすリスクを「中程度」と評価し、新型ウイルス について「国際的な緊急事態」宣言を見送っていたが、この判断は誤りだったと認め、中国では「非常に高い」、周辺のアジア地域では「高い」、世界全体でも「高い」とした上で、27日にリスクレベルを引き上げた。WHO内では、「緊急事態宣言」も含め、検討に入っているとの報道もある。

 

追記:1月30日(現地時間)に「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」を宣言

 

過去の類似例で、よく取り上げられるのは2002年から2003年にかけて大流行した重症急性呼吸器症候群(SARS)であるが、SARSの中国国内感染者数は5,327人と言われ、今回の新型コロナウイルスの患者数は既にそれを上回って、拡大している(注記:SARSの世界全体の患者数は8,096人)。

中国経済には短期的な影響は避けられず

中国では政府が、湖北省武漢を含む武漢周辺都市からの移動を制限し、団体での海外旅行なども中止する措置をとった。中国内の観光施設やテーマパーク、映画館、小売業者、外食チェーン店などでは、営業を休止したり、営業時間を短縮したりと、やはり外出を抑制する措置が取られている。ちなみに、香港では28日、中国本土からの香港渡航を規制し、一部の越境検問所は閉鎖、本土からの航空便と列車・フェリーの運航(運行)を制限する措置を発表した。中国政府も個人の香港への渡航を認めないと発表している。

 

こうした措置で、旧正月期間の消費や観光での支出は伸び悩んだ模様である。春節(旧正月)の連休も2月2日まで3日間延長されたことにより、工場が再操業するタイミングも後ろ倒しされるため、工業生産にも影響が出るだろう。新型ウイルスの感染拡大が、どれだけ拡がるか、長期化するかによって中国経済への影響のマグネチュードは変わってくるため数値的な推測を試みるのは時期尚早だが、短期的には、中国経済に影響を与えることは明らかである。

 

SARSが流行したことで経済に与えた影響は、直接的なものより、企業や人が予防的行動を優先したことによる間接的なものの方が大きかったと言われている。人々は、外出そのものを控えたり、公共交通機関を回避したり、仕事自体を休んだりした。買い物や娯楽も一時諦めて、消費量も減った。今回の新型コロナウイルスもSARS流行時と似たような対応がなされている。

 

なお、ロイター通信の報道によると、2003年にSARSが流行した際、中国と香港の経済に与えた影響の推計値は中国でGDPの1%、香港でGDPの2.5%程度だったものの、米国経済への影響は軽微であった。また、事態が長期化すれば、中国での生産・需要が減少する見込みに伴い、アジアの近隣諸国や中国を輸出先とする一次産品の輸出国に影響が拡大することになるだろう。

米国経済への影響は警戒しながらも、判断は時期尚早

パウエル米FRB議長は29日の連邦公開市場委員会(FOMC)後の記者会見で、新型コロナウイルスの感染拡大についてコメントし、中国経済が影響を受ける可能性、少なくとも中国の生産に短期的な影響を及ぼす可能性は高いが、米国経済にどの程度の影響を及ぼすかを判断するには、時期尚早との見解を明らかにした。

 

FRBは、今回のFOMCで政策金利を据え置くことを決定し、米国経済の動向を見守る構えを維持した。今回は、米中間の通商交渉の緊張が緩和されるなど、世界経済の成長期待が改善する可能性を示す若干の兆候があるものの、今後の展開に関しては不確実性が依然残っているとしているが、これに加えて新型コロナウイルスの感染拡大による影響も注視する要素に含まれるとした。

 

2020年に入り、世界経済は第1段階の米中合意が正式に成立し、電子部品などの市況に回復の兆しが見えるなど、ようやく底割れを回避し、小康状態を取り戻しつつあると見られていた。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大や長期化する事態となれば、世界経済の成長を脅かしかねない材料となるだろう。

市場への影響は

反応が一番顕著だったのは、原油市場だった。北海ブレント油先物は、昨年12月は1バレル=60ドル水準だったが、今年に入って1月初めに米軍がイラン革命防衛隊のソレイマニ司令官を殺害すると、供給不安から1バレル=70ドルに急上昇した。しかし、今回の新型コロナウイルスの感染拡大により、経済停滞・需要の減少への不安から、1バレル=60ドルを割り込んだ。石油輸出国機構(OPEC)加盟国は、石油価格の安定に普請しているが、頭を抱えているだろう。

 

世界経済の停滞懸念・原油安を受けて、債券市場は米債を中心に利回りは低下、10年米国債利回りは1.60%を下回った。これを受けて、外為市場で米ドルが軟化する場面があったものの、値幅は小さかった。

 

為替では、影響が避けられない中国人民元と資源通貨とみなされる豪ドルやカナダドルの下落幅が、やや大きかった。人民元を除けば為替への影響は、しばらくは限定的であろう。

 

株式市場も、中国と日本では、売りが先行して大幅に下げる展開も一時あったが、米国株式市場がわりかし冷静に動いていることから、様子見に傾いているようである。直近は、戻り売りが市場の動きを鈍くし、高値抜けは難しくなった。昨年以前からのポートフォリオ運用の成果の一部は、リスク回避の観点から一部売却、利益確定も一考に値しよう。事態の早期沈静化を願うばかりである。

 

※ 本文は1月30日に執筆し、1月31日午前時点で一部追記致しました(日付は日本時間)。最新の新型コロナウイルスに関する情報は、各種報道にてご確認下さい。

 

 

長谷川 建一

Nippon Wealth Limited, a Restricted Licence Bank(NWB/日本ウェルス) CIO

 

本稿は、個人的な見解を述べたもので、NWBとしての公式見解ではない点、ご留意ください。

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