年間約130万人の方が亡くなり、このうち相続税の課税対象になるのは1/10といわれています。しかし課税対象であろうが、なかろうが、1年で130万通りの相続が発生し、多くのトラブルが生じています。当事者にならないためには、実際のトラブル事例から対策を学ぶことが肝心です。今回は、後妻の子どもと先妻の子どもの間で起こった相続トラブルについて、円満相続税理士法人の橘慶太税理士に解説いただきました。

父が死去し「母違いの姉」と初めて会ったものの…

都内に住むAさん。先日、実の父がなくなりました。Aさんは父が50歳を過ぎたときの子ども。年をとってからの子どもだったからでしょうか、すごく大事にされてきた記憶があります。

 

小さかったころ、Aさんは色々な習い事をしていました。ピアノ、バレー、英語……すべてAさんが「やりたい!」と言い出したものです。母は「月謝、けっこうするのよ」と渋りましたが、父は「Aがやりたいと言っているならいいじゃないか」と賛成をしてくれました。

 

また高校を卒業したら海外に留学をしたいと言ったAさんに対して、反対することなく支えてくれたのは父でした。この時も母は「海外留学なんて、いくらかかると思っているのよ」と、お金を気にして反対しました。それに対して父は「お金の心配なんてしなくていいよ」と背中を押してくれたのです。

 

母はいつもお金のことを気にして、Aさんのやりたいことを反対する。それに対して父は、やりたいことをやりなさいと賛成をしてくれる。いつもこのような構図だったので、Aさんは母のことを疎ましく思い、父のことが大好きでした。

 

しかしAさんが20歳のとき、母が急死。そのとき、実は母は後妻だったことがわかったのです。

 

「だから、お金のこと、心配していたのかな……」

 

先妻との間には子どもが1人いることを、その時知りました。当然、養育費などかかるでしょう。それを母は気にしていたのか――。母を疎ましく感じたことを、Aさんはすごく後悔したといいます。

 

それから10年。今度は父が亡くなったのです。

 

数年前から体調を崩していたので、いずれ、このような日が来ることを覚悟はしていましたが、いざ、その日が来ると何もできないものです。

 

親戚に助けてもらって、何とか葬儀をすませることができました。

 

「Aちゃん、相続のこと、大丈夫? あの人には、ほかにも子どもがいたから……」

 

伯母さんが心配して声をかけてくれました。葬儀に際し、先妻にも連絡をしてくれたそうです。そのとき、すでに先妻は亡くなっていたことがわかりました。そして先妻との子どもは、葬儀には来てくれませんでした。

 

「そうよね、その子にも相続の権利って、あるんだもんね……」

 

父の遺産は、実に少ないものでした。残されたのは、200万円ほどの貯金と自宅だけ。

 

「自宅は私が住んでいるから、貯金をどうするかね」

 

そこで、Aさんは父と先妻の子ども(Bさん)とコンタクトをとることにしました。すると意外と近くに住んでいることがわかったので、自宅に招待し、遺産分割の話をすることにしたのです。

 

「母は違うけど、私たち、姉妹ということよね」

 

一人っ子だったAさん。初めての対面にすごく緊張をしていました。そして初めて顔を合わせた先妻の子どもは、10歳年上の女性でした。

 

お互い緊張をしていましたが、挨拶をそこそこに、本題である遺産分割の話を始めました。

 

「父の遺産ですが、この家と貯金がこれほどしかなくて……」とAさんがBさんの前に貯金通帳を出しました。

 

「これだけですか?」

 

「はい。父はもう年金暮らしでしたし……」

 

「では、この家は売って、現金にして2人で分けましょう」

 

「えっ!? この家って、私、今でも住んでいるんですよ」

 

「別に、1人でこの家に住まなくてもいいでしょ。部屋いくつあるんですか? そんなに必要ないでしょ」

 

突然の申し出に、Aさんはただただ唖然とするばかりです。Bさんは話を続けます。

 

「私の母は、父と離婚後、女手1つで私を育ててくれました。約束していた養育費は、1円も払われなかったようです。こんな大きな家がありながら、払えなかった、わけではありませんよね」

 

お父さん、養育費払っていなかったの?
お父さん、養育費払っていなかったの?

 

父は先妻の子どもの養育費を払っているものだと、思い込んでいたAさんは、Bさんの言葉にショックを受けていました。自分の言ったことを、すべてかなえてくれた父。お金はすべてAさんのために使われ、Bさんには1円も払われていなかったのです。

 

「でも、この家を売られると、私、住むところが……」

 

「不公平でしょ。母と私がどれだけ苦労したと思っているんですか! 別に財産のすべてをよこせと言っているわけじゃないんです。父が残した遺産を、きちんと半分ずつ分けましょうと言っているんです!」

 

Bさんの気持ちもわかるけど、自宅を売るのには抵抗がある。AさんとBさんの遺産協議は、まだ続いています。

再婚なら、遺言書で遺産分割の方針を示していく

事例のように、先妻との間の子どもと、後妻との間の子ども同士でトラブルになることは非常によくあります。遺言などでしっかり分け方の方針を決めておくことが大切です。

 

遺言書には、大きく分けると、誰でも簡単に無料で作れる自筆証書遺言(法的な効力が弱い)と、作るのに手間とお金がかかる公正証書遺言(法的な効力が強い)があります。

 

自筆証書遺言は、15歳以上の人であれば、誰でも紙とペンだけで簡単に作ることが可能です(ちなみに15歳未満の人が作った遺言書は無効です)。

 

自筆証書遺言書には

 

・日付がないと無効

・夫婦共同の遺言は作れない

・訂正の際は二重線を引いて、訂正印を押すだけではなく訂正内容を書き加えないといけない

・署名押印は必ず必要。書き終わったら封筒に入れ、封印をしておくと偽造変造の疑いがなくなる

 

など細かい条件が盛りだくさんなので「絶対に自筆証書で遺言書を作るんだ!」という人は、それ専用の本を1冊買ってもいいかもしれません。

 

亡くなった人が自筆証書遺言を残しておいた場合には、その遺言書をすぐに開封してはいけません。家庭裁判所に持っていき、相続人立会いのもと、せーので開封します。この手続きのことを、検認といいます。

 

自筆証書遺言は、作成が簡単にできる一方で、偽造や変造も簡単にできてしまいます。極論、自分に都合の悪い遺言書であれば、ほかの相続人に隠れて、遺言書をシュレッダーしてしまうこともあり得ます。そういった事態にならないように、家庭裁判所で遺言の内容を明確にしておく必要があるのです。

 

公正証書遺言とは、公証役場という所で、公証人という人が作ってくれる遺言書です。公正証書遺言の最大のメリットは2つあります。

 

1つ目は、偽造変造のリスクが一切ないこと。公証人が遺言を作るので、悪意のある相続人に書き換えられたり、勝手に破棄されてしまうリスクは一切ありません。

 

2つ目は、公証役場で預かってもらえること。自筆証書の場合には、遺言書を紛失してしまうケースが非常によく起こりますが、公正証書遺言であれば、そのようなリスクはありません。

 

ちなみに、亡くなった人が生前中に、遺言書を作ったことを家族に伝えていないケースも存在します。この場合、自筆証書遺言であれば、運よく家族が見つけてくれなければ永久に見つかりません。結果、遺言書はないものとして取り扱われてしまいます。

 

しかし、公正証書遺言の場合には、公証役場にいくと「遺言検索システム」というシステムがあります。このシステムを使えば、亡くなった人が生前中に公正証書遺言を作っていたかどうかがすぐにわかります。

 

亡くなった人の戸籍謄本と、その人の相続人であることが確認できる書類(相続人の現在の戸籍謄本)と、本人確認書類(免許書など)があれば、どこの公証役場でもシステムを使うことができます。

 

なおこのシステムは、ご健在の人に対しては使えません。たとえば、母が健在のうちから、「うちの母が、私にとって不利な遺言を作っているんじゃないかしら?」と考える人が、遺言の有無を公証役場に尋ねることはできないのです。

 

【動画/筆者が「遺言書の種類」を分かりやすく解説】

 

 

橘慶太

円満相続税理士法人

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