相続が発生してからの「相続税対策」は打つ手が限られますので、事前の対策が重要です。本連載は、相続税専門の税理士法人チェスターが監修し、具体的な相続税対策について分かりやすく解説します。

夫の財産と見なされる「妻名義の預金」

夫が亡くなって相続税を申告するとき、専業主婦の妻の「へそくり」を計算対象にしていないケースがよくみられます。

 

夫婦の財産は共有財産だという意識が強く、へそくりは妻自身のものだと思い込んでしまうものですが、多くの場合は夫の財産として相続税の課税対象になります。相続税の税務調査でへそくりが課税対象になることを指摘され、相続税を追加で納めるといった事例もあります。

 

本記事では、相続で見落とされがちな「へそくり」の相続税対策についてお伝えします。

 

専業主婦のへそくりは、夫の給料を受け取って生活費として使った残りを貯金したものです。結婚してからの年数が長く家計のやりくりがうまくできていれば、へそくりもそれなりの金額になっているでしょう。

 

夫が亡くなったとき、へそくりは相続財産に含まれないと考えてしまいがちです。夫婦の財産は共有財産であるという意識や、家計のやりくりの結果で貯まったお金だということから、へそくりは妻自身のものと思い込んでしまうようです。

 

しかし、法律のうえでは「夫婦別財産」といって、夫が得た財産は夫のもの、妻が得た財産は妻のものと考えます。相続税を計算するときは、預金の名義よりもそのお金を誰がどのようにして得たかが重視されます。へそくりはもとをただせば夫が働いて得たお金なので、たとえ妻名義の預金であっても夫の財産であるとみなされます。

 

したがって、夫が亡くなったときの専業主婦のへそくりは、夫の財産を妻が相続したとみなして相続税の課税対象になります。

 

すでにへそくりがあって、あとで相続税を課税されないようにするには、どのような対策が考えられるでしょうか。ここでは、すでにへそくりがある場合の対処方法をお伝えします。

 

<夫婦間で贈与契約を結ぶ>

夫が健在の場合は、夫から妻に財産を贈与したという形を整えて相続税が課税されないようにします。贈与は口約束でも成立しますが、贈与したことを客観的に証明できるように贈与契約書を作成しておきます。

 

夫から妻に財産を贈与した場合は贈与税が課税されますが、年間の贈与が110万円以下であれば課税されません。ただし、複数年にわたる契約を一度に行えばその総額に対して課税される可能性があります。

 

ところで、専業主婦のへそくりについては、それらがすべて夫の財産であるとは言い切れない場合があります。たとえば、妻が結婚前に働いて得た貯金や妻自身が相続や贈与で得た貯金があれば、それは妻の財産になります。

 

このようにへそくりに夫と妻の財産が混在している場合では、相続税を申告するとき、いくらまで夫の財産になるかの線引きが議論になることがよくあります。

 

夫と妻の財産が混在している場合は、明らかに妻の財産であるもの以外を一度へそくりのすべてを夫の財産としたうえで、生前贈与で妻に返す形をとると良いでしょう。このように夫と妻の財産を明確に分けておくことで、税務署から指摘されないような財産管理ができ、相続が発生したときもスムーズな相続税の申告が可能です。

 

<へそくりも含めて相続税を申告する>

夫がすでに亡くなっている場合は、夫から妻への贈与はできません。対処方法としては「へそくりも含めて相続税を申告する」ことが最善です。相続税の課税は避けられませんが、税務署に見つかる前に最初から申告しておくことで、余計なペナルティをかけられずに済ませることができます。

 

へそくりは妻の名義の預金に入れているので税務署には見つからないという人もいますが、多くの場合は税務調査で見つかってしまいます。

 

税務署は亡くなった人の過去の所得をもとに遺産総額をおおむね把握していて、遺産総額に比べて相続税の申告が少なければ調査を始めます。調査では、亡くなった人の預金口座だけでなく相続人の預金口座についても過去の取引履歴を確認します。

 

税務調査でへそくりが見つかって相続税を課税された場合は、相続税のほか過少申告(無申告)加算税、延滞税が追加で課税され、結果として負担が大きくなってしまいます。

 

「配偶者」は特例で相続税が大幅に軽減される

高額のへそくりが貯まっている場合、へそくりも含めて相続税を申告すると税額が高くなることが心配されます。また、夫婦で助け合って築いてきた財産に相続税が課税されることに納得できない人もいるでしょう。

 

相続税には配偶者に対する税額軽減の特例があります。夫婦で助け合って築いてきた財産に対して配慮したもので、この特例を適用すると相続税は大幅に軽減されます。

 

<1億6000万円までは相続税が課税されない>

配偶者の税額軽減の特例は、配偶者が相続した財産のうち1億6000万円までの部分については相続税を課税しない制度です。1億6000万円を超えても、法定相続分の範囲内であれば相続税は課税されません。

 

[図表1]
[図表1]

 

<必ず相続税の申告書を提出する>

配偶者の税額軽減の特例を適用するためには、次の3つの要件を満たさなければなりません。

 

・戸籍上の配偶者であること

・相続税の申告期限までに遺産分割が完了していること

・相続税の申告書を税務署に提出すること

 

いくら同居している期間が長くても、籍を入れていない内縁関係では税額軽減が認められません。

 

また、相続税の申告期限(被相続人の死後10か月以内)までに遺産分割を終えている必要があります。配偶者の税額軽減の額は、配偶者が実際に受け取った遺産の額に基づいて計算するからです。

 

ただし、相続税の申告期限までに遺産分割が間に合わない場合でも、税務署に申請すれば税額軽減が認められます。

 

税額軽減の特例で税額が0になる場合でも申告は必要です。申告しなければ、特例で税額が0になるのか、ただ単に申告がもれているだけなのか税務署ではわからないからです。

 

<へそくりを含めた遺産が3600万円以下なら申告も不要>

遺産総額が一定額以下であれば相続税は課税されません。この一定額のことを基礎控除額といいます。

 

基礎控除額は、(3000万円+600万円×法定相続人の数)で計算された金額です。法定相続人が1人いれば、3000万円+600万円×1人=3600万円が基礎控除額となります。

 

[図表2]
[図表2]

 

へそくりを含めた遺産総額が基礎控除額以下であれば相続税は課税されず、申告も不要です。一方、へそくりを除いた遺産総額が基礎控除額以下であっても、へそくりを含めると基礎控除額を超える場合は、相続税を申告しなければなりません。

 

以上、相続で見落とされがちな「へそくり」の相続税対策についてお伝えしました。相続税の計算では、専業主婦のへそくりの多くは夫の財産とみなされ、夫が亡くなった時点で相続税の課税対象になります。

 

夫の死後に相続税を課税されないようにするには、生前に贈与契約を結んで契約書を残して明確に財産を分けておくことが有効です。生前の対策ができなかった場合でも、税務署に指摘される前に自らへそくりも含めて相続税を申告することで、加算税などのペナルティをかけられずに済みます。

 

相続税には配偶者の税額軽減の特例があり、多くの場合配偶者に相続税がかけられることはありませんが、相続税を少なくするための対策は、遺産の総額や相続割合によって変わってきます。へそくりに相続税がかかるかどうか不安な人は、相続税専門の税理士に相談することをおすすめします。

 

税理士法人チェスター

本連載は、税理士法人チェスターが運営する「税理士が教える相続税の知識」内の記事を転載・再編集したものです。

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