委任者(本人)が第三者(個人・法人)に対し、亡くなった後の手続きや、葬儀・納骨・埋葬などに係る代理権を与え、死後事務を委任する契約のことを「死後事務委任契約」といいます。遺言書などではカバーしきれない手続きを確実に任せられるため、終活の1つとして認知しておくべきでしょう。そこで本記事では、一般社団法人社長の終活研究会・代表理事の眞鍋淳也氏が、死後トラブルが起きた事例を交えて解説します。

母の「有料老人ホームの入居一時金」はどうなった?

老人ホームに入居していた井上A子さん(89歳・女性)が亡くなり、遺産分割協議のために兄弟4人が集まったときのことです。

 

長女・B子さんが、「そういえばお母さんが施設に入居したとき、2000万円の入居一時金を払ったけど、あれは返還されないのかしら? 入居して1年も経たないうちに亡くなったから、けっこうな額が返還されるんじゃない?」と言いだしました。

 

そこで施設に電話して確認してみたところ、「先日、次女のC子さんが返還の手続きに来られたので、口座に振り込みました」という返事です。

 

次女・C子さんは亡くなった母親が施設に入る前、同居していて、母親の保証人にもなっていました。思いもかけない事態に、B子さんはじめ他の兄弟たちはカンカンに怒りだしました。

 

それに対して、C子さん自身は開き直って、「何よ! 全部私に押し付けていたくせに! あのお金は、生前お母さんが私にくれたお金なのよ。それを返してもらって何が悪いのよ!」とやり返したため、遺産分割協議は紛糾し、決裂に終わりました。

 

遺産分割協議は紛糾
遺産分割協議は紛糾

死後事務委任契約で「一時金の返却」について記載する

有料老人ホームの入居一時金とは、その名の通り、入居する際に必要な費用のことをいいます。入居後、一定期間で償却される仕組みで、償却する前に退去したり死亡したりした場合は、一定額が返還されることになります。

 

一般的には、入居した時点で2〜3割が償却され、その後3〜15年程度かけて全額償却される場合が多いようです。

 

井上A子さんの場合、入居後1年に満たない期間で亡くなったので、相当な金額が返還されたことと思われます。それを次女・C子さんが全額、他の兄弟たちには内緒で自分の懐に入れてしまったのですから、紛糾しないはずがありません。

 

死後事務委任契約を作成するとき、入居一時金の返還に関する事項も入れておけば、兄弟の一人が抜け駆けすることを防ぐことができ、トラブル防止になります。

遺言書を書いても残された家族が読むとは限らない

死後のことなら、わざわざ死後事務委任契約を作成しなくても、遺言書に書いておけばいいのでは?と考える人もいるかもしれません。しかし遺言書を開封するのは、葬儀が終わって少し経った頃、遺産分割協議のタイミングということが多いのではないでしょうか。

 

亡くなった日から葬儀を終えるまでの数日間は、次から次へとやらなければいけないこと・決めなければいけないことが出てきて、遺書を探す時間もなければ、中身を確認する余裕もないということがほとんどでしょう。

 

つまり、遺言書に自分の葬儀の段取りについて、一生懸命書き残したとしても、葬儀に間に合うように家族の目に触れるとは限らないということです。

死後事務委任契約には「実行」させる力がある

また、遺言書と死後事務委任契約では、持っている性格が異なります。遺言書の内容は一方的なものです。仮に遺言書に「葬儀一切は○○に任せる」と書いたところで、当の○○さんに「そんな面倒なことやりたくないよ」と言われてしまえばそれまでです。実行力がないのです。その点、死後事務委任契約は、あくまで「契約」なので、委任者と受任者双方が納得して締結するという性質を持っているため、受任者は契約を実行しなければなりません。

 

受任者は、任意後見契約同様に弁護士でもかまいません。しかし、赤の他人である弁護士が、葬儀一切を取り仕切るというのは、現実的に考えにくいでしょう。その場合、受任者を弁護士にしておき、「葬儀については○○(子どもなどの親族)に委託する」という文言を入れておくといいでしょう。

 

親族に受任者になってもらう場合、受任者を弁護士にして親族に再委任する場合、いずれの場合も、本人の許諾が必要になります。

 

その点で、「誰を受任者(あるいは再受任者)にするか」ということについて、多少のトラブルが発生する可能性があります。関係する親族には、この契約の主旨について、きちんと説明しておいた方がいいでしょう。

「死後事務委任契約」には何を書くか?

受任者もしくは再受任者に親族を指定した場合、その人が難しい判断を求められずに済むように、次のことについては、自分で決めておくようにしたいものです。なお、これらは、必ずしも全てを死後事務委任契約に盛り込む必要はありません。細かいことについては別紙にして、その旨を契約に記載しておけば足ります。

 

① 葬儀一切を誰に任せるか

誰に喪主を頼み、葬儀を取り仕切ってもらうのか、明確にしておくようにしましょう。「葬儀一切を○○に依頼する」の文言は必ず入れるようにします。

 

② 葬儀の形式、場所、希望があれば宗教者の指定

近年は、葬儀のやり方もさまざまになってきています。仏式・キリスト教式・神道など、どの宗教による葬儀を行ってほしいか、特定の宗教者に頼みたいのであればその旨を明記します。できれば葬儀場(葬儀社)をどこにするかということにも、触れておくといいでしょう。

 

特定の宗教によらず、無宗教で行うこともできますが、その場合は通夜も告別式もあっという間に終わってしまい、時間がもたないため、読経等に代わるものを考えておく必要があります。

 

海や山への散骨は、自治体によっては条例で禁止されていることもあるので、確実に実行可能な地域を調べた上で場所を指定するようにします。

 

③ 死亡の連絡の範囲、弔辞、献杯を誰に頼みたいか

現役で仕事をしている場合、どこまで死亡の連絡をすればいいか家族にも判断がつきやすいですが、現役引退から時間が経てば経つほど判断しにくくなるものです。仕事・学生時代の友人・趣味の仲間など、グループ別に分けて、それぞれのグループの中心的な人の氏名と連絡先を書いておきましょう。

 

また、告別式で弔辞を読んでもらいたい人、収骨後の精進落としのときに献杯の発声をしてもらいたい人を指定しておくと、受任者(再受任者)にとっては助けになります。

 

④ 遺影のセレクトと、戒名について

遺影は亡くなった人を偲ぶためのものです。自分らしさがよく出ているもの、気に入っているものを選んでおくといいでしょう。また、戒名については、どれくらいの予算なのかを明確にしておくと、残された人が迷わずに済みます。

 

⑤ 墓と納骨をどうするか

菩提寺がある場合は、そこに入るのか入らないのか、あるいは「新たに自分の墓を建ててそこに入りたい」など、自分の希望を記しておきましょう。最近、話題を集めている樹木葬(大きな木を取り囲むようにお骨を埋葬する方式)を希望する場合は、具体的な霊園を指定するようにします。

 

⑥ 回忌をいつまで行うか

かつては、一周忌、三回忌、七回忌、十三回忌、十七回忌、二十三回忌……と続き、五十年祭で終わりにすることが多かったですが、最近は簡略化されており、七回忌で終えることが多いようです。

 

いつまで行うのか、そのための費用の負担は誰が負うのかを明文化しておきましょう。費用を負担する人には、その分、財産を多めに相続させるといいでしょう。

 

⑦ 老人ホームの入居一時金の受け取りについて

先ほど説明したように、入居一時金の受け取りをめぐっては、トラブルが起こりがちなものです。設備の整った、いい老人ホームであればあるほど、入居一時金は高額になりますから、亡くなった後の返戻金も高額になることが多いものです。

 

本人が亡くなると、入居一時金は債権となり、相続財産とは異なった性質を持ちます。相続人の誰かが独断で受け取りに行き、自分の懐に入れるということもないことではありません。あるいは、場合によっては老人ホームの側から、「相続人全員のハンコがないと返せない」と言ってくる可能性もあります。

 

そうした事態に備える意味でも、老人ホームの入居一時金の返戻金に関する文言を忘れずに入れておくようにしましょう。

老後の財産は 「任意後見」で守りなさい

老後の財産は 「任意後見」で守りなさい

眞鍋 淳也

幻冬舎メディアコンサルティング

昨今、高齢者を狙った詐欺や「争続」が新聞やテレビなどのメディアで盛んに取り沙汰され、老後の財産管理に対する不安が高まっています。高齢になると判断能力が低下してしまい、望まないかたちで財産を失ってしまうケースは多…

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