ニューヨーク、ロンドンと並ぶ世界3大金融センターのひとつである香港。つねにアジアの金融ビジネスをリードしてきたこの地に、早ければ年内にも初のバーチャルバンク(仮想銀行)が誕生する見通しだ。バーチャルバンクの誕生によって香港の金融ビジネスはどう進化するのか? 利用者はどんなベネフィットを享受できるようになるのか? 現地より最新事情をレポートする。第1回目のテーマは「香港がデジタル金融都市に生まれ変わる日」。

IT企業でも免許申請が可能、早ければ年内にも誕生か?

香港の中央銀行および金融監督当局に相当する香港金融管理局(Hong Kong Monetary Authority。以下、HKMA)は2018年5月30日、バーチャルバンクライセンスの認可に関するガイドラインの改訂版を発表した。第1次認可の申請を8月31日まで受け付けることも明らかにしており、早ければ年内、遅くとも来年初めには香港初のバーチャルバンクが誕生する見通しだ。

 

同日発表されたプレスリリースによると、HKMAに寄せられた申請に関する問い合わせや申請の意向表明はすでに50件以上に及んでいる。筆者が知る限り、香港域内と中国本土、海外を含めて60以上の銀行やIT企業などが申請を検討しているようだ。

 

バーチャルバンクとは、既存の銀行のように実店舗は持たず、ITを駆使して顧客獲得からサービス提供までの金融事業を展開する銀行のこと。日本でいえば、ソニー銀行や楽天銀行、ジャパンネット銀行のようなインターネット専業銀行に類似した無店舗かつバーチャルな顧客接点を持つ銀行であろう。

 

 

ちなみに、認可の条件となる払込資本金の最低額は3億香港ドル(約42億円。2018年8月7日の換算レート)で、既存のフルライセンスバンクの最低額とまったく同じである。

 

ガイドラインの改訂に当たってHKMAが収集したパブリックコメントの中には、「最低額を引き下げてはどうか」という意見もあったが、監督当局としては、破たんや倒産のリスクを抑えるため、既存の銀行と同じ条件は譲れないと判断したようだ。

 

一方、バーチャルバンクへの出資者については、既存の銀行ライセンス認可よりも制限を緩和している。香港の既存の銀行については、「資産状態が良好で、香港またはその他の地域の監督機関から認可を受けている銀行または金融機関」が「50%以上の株式を持つこと」が原則とされてきた。これに対し同ガイドラインには、香港に持ち株会社を設立し、十分な資本やリスク管理体制などを整えれば、IT企業を含む金融以外の企業でもバーチャルバンクのライセンスが申請できると書かれている。

つまり香港では、銀行や金融機関以外にもバーチャルバンクを設立する道が開かれているわけだ。今後、ITをはじめとするさまざまな業種からバーチャルバンクに参入する企業は増えると思われる。香港だけでなく、中国本土や海外などからの市場参入も活発化することだろう。

香港でバーチャルバンクの認可が「いま」になった理由

じつは、今回改訂されたバーチャルバンクのライセンス認可に関するガイドラインは2000年に施行されている。つまり、日本でインターネット専業銀行が登場したのとほぼ同じ時期に、香港でもバーチャルバンクの認可に向けた動きは始まっていた。

 

2000年といえば、世界的な「ITバブル」の最盛期。前年には香港の株式市場にも“香港版ナスダック”と呼ばれる新興株市場(グロース・エンタープライズ・マーケット)が開設され、社名に「ドットコム」を付けたベンチャー企業が次々と上場した。オンラインショッピングなどの新しいサービスも続々と現れるなか、ネット上だけで運営される次世代の銀行(バーチャルバンク)の登場を予見し、先んじてその認可ガイドラインを制定したのは、当時としては自然の流れだったといえるだろう。

 

ところが香港では、バーチャルバンクに対するニーズがあまり強くなかった。香港は東京都の約半分の面積しかなく、人口も720万人と小さな地域であるものの、地元系、中国本土系、外資系を合わせて200行以上もの銀行がひしめいている。街のあちこちに銀行の支店やATMがあり、対面で十分なサービスが受けられるので、あえてバーチャルバンクを利用する必要性がなかったのだ。

香港をアジアにおける「フィンテックのハブ」に

それにもかかわらず、今回HKMAがガイドラインを改訂し、バーチャルバンクのライセンス認可の申請を受け入れ始めたのはなぜか? そこには、バーチャルバンクの普及と発展を通じて世界中から最先端のテクノロジーを集め、香港をアジアにおけるフィンテック(FinTech)のハブにしたいという野心的な狙いが見える。

 

また、その背景にあるのは、数年後には約5億5000万人に達すると目される中国本土の中間層の存在だ。この層では、銀行口座を持ったことがないという人々も少なくないが、アリペイなどを通じ、キャシュレス決済には慣れている。こういった層を取り込む金融サービスの創出に可能性を見い出すことで、求心力を高め、フィンテックにおいても中心都市を目指す意気込みが感じられる。まさに満を辞して投じられた一手といえるだろう。

 

 

 

長谷川 建一

Nippon Wealth Limited, a Restricted Licence Bank(NWB/日本ウェルス) CIO

本稿は、個人的な見解を述べたもので、NWBとしての公式見解ではない点、ご留意ください。

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