近年の、いわゆる下請法関連の改正により、下請事業者の生産性改善と賃上げに向けて、親事業者側の協力が強く求められている。多くの場合、親事業者は支払サイトを短縮する必要があり、キャッシュフローの改善が欠かせない。そうした中、現金を回収するまでの日数である「キャッシュコンバージョンサイクル(CCC)」の重要性が注目されている。本連載では、財務戦略におけるCCCの重要性と改善のポイント等について、一橋大学大学院の野間幹晴准教授とTranzaxの小倉隆志社長が解説する。第2回目は「キャッシュコンバージョンサイクル(CCC)」の基本的な考え方である。

会社の成長スピードを加速させるCCCのコントロール

小倉 あらためて「キャッシュコンバージョンサイクル(以下CCC)」について、少しご説明いただけませんか。

 

野間 「CCC」は、企業が仕入や販売といった取引を行い、サプライヤーに対して現金(キャッシュ)を支払ってから、顧客側より現金を回収するまでにかかる期間のことです。CCCは、3つの「運転資本」の回転日数をベースに算出されます。3つの運転資本とは、「売上債権」「棚卸資産」「仕入債務」です。「売上債権回転日数」と「棚卸資産回転日数」の合計から「仕入債務回転日数」を引いた日数がCCCです。

 

[図表1] キャッシュコンバージョンサイクル(CCC)の例

※CCC=売上債権回転日数(41日)+棚卸資産回転日数(25日)-仕入債務回転日数(31日)=35日
※CCC=売上債権回転日数(41日)+棚卸資産回転日数(25日)-仕入債務回転日数(31日)=35日

 

小倉 「CCC」で有名なのが、米国のデルですね。

 

一橋大学大学院 国際企業戦略研究科
准教授 野間幹晴 氏
一橋大学大学院 国際企業戦略研究科
准教授 野間幹晴 氏

野間 そうです。日本のエレクトロニクスメーカーのCCCが軒並みプラスなのに対し、デルのCCCはマイナス40日です。デルのCCCがマイナスであるひとつの論理は、ビルトトゥオーダー、すなわち受注生産方式というビジネスモデルにあります。受注生産なので、在庫を多く持つ必要がありません。また半導体などは陳腐化が激しく、棚卸資産を持たないほうが合理的です。

 

ただ、より重要なのは、デルの創業者であるマイケル・デルが、会社の成長スピードを加速するために、CCCをマイナスにすることに強くこだわったという点です。デルはいまでこそグローバル企業ですが、1984年に創業した当初は小さなスタートアップにすぎませんでした。スタートアップ企業であったデルが成長するためには、さまざまな市場に進出しなければなりません。

 

つまり、全米の各州、そして各国の市場への参入を目指すわけですが、CCCがマイナスであることで2つの効果が期待できます。まず、CCCがマイナスであれば、新市場に参入するための投資額を低く抑えられます。というのは、運転資本に対する投資が少なくてすむからです。

 

また、CCCがマイナスであれば、売上高が成長している限り、事業を行っているだけでキャッシュが創出されます。このため、新市場への進出の際に必要となる投資について、資金調達で頭を悩ませる必要がありません。CCCがマイナスであることは、企業の成長を速めるという点で極めて有効です。

 

小倉 「CCC」あるいは「運転資金」は、財務担当のCFOにとって重要なだけでなく、経営に直結するという意味で創業者やCEOにとっても見過ごすことのできない概念ですね。

 

野間 かたや日本の電機メーカーのCCCは平均61日です。パナソニックは2000年代に「中村改革」で棚卸資産を約3000億円圧縮させました。在庫削減を徹底するために、全工場長向けに会計やキャッシュフローに関する研修を実施するほどでした。しかし、それ以上はCCCを短縮できないということで立ち止まってしまった。先ほど述べたように、CCCがプラスであるというのは日本企業にとっての『常識』に過ぎず、グローバルで考えればCCCがマイナスである企業は珍しくありません。

 

[図表2] エレクトロニクス業界のキャッシュコンバージョンサイクル

注)デルは2017年2月期。他社は2017年3月期。SPEEDAならびに各社有価証券報告書、アニュアルレポートより作成。
注)デルは2017年2月期。他社は2017年3月期。SPEEDAならびに各社有価証券報告書、アニュアルレポートより作成。

 

アマゾンが「ファイナンス事業」に参入しない理由

小倉 日本でもCCCがマイナスの企業はありますね。

 

野間 日本でも小売業では、CCCがマイナスになっている企業が多いですね。BtoCのビジネスでは、一般消費者は現金で支払うか、もしくはクレジットカードなどを利用して購入します。現金払いでは売上債権回転日数がゼロになりますし、クレジットカードを利用しても、小売業はクレジットカード会社から数日で現金を受け取るので、売上債権回転日数は短くなります。

 

例えば、スーパーのヤオコーはCCCがマイナスです。ただ、日本の小売業では、丸井グループやイオン、楽天のように、小売事業と同時に金融事業を行うことで利益を確保しているケースがあります。丸井グループのセグメント情報を見ると、小売業よりもフィンテック事業の営業利益が上回っています。

 

楽天の2016年12月決算では、フィンテック事業の営業利益がインターネットサービス事業の営業利益を上回りました。つまり、利益という観点からみると、丸井グループと楽天は、オンラインかリアル店舗かは別にして、小売のプラットフォームの上でクレジット事業などを行って儲けるというビジネスモデルだといえます。これはカードを発行したりしている百貨店も同じです。

 

Tranzax株式会社 代表取締役社長 
小倉隆志 氏
Tranzax株式会社 代表取締役社長 小倉隆志 氏

小倉 小売業といいながら、実態は金融業にシフトしているわけですね。

 

野間 こうした企業は、フィンテック事業、特にクレジットカード事業を行っているため、売上債権回転日数が長期化し、CCCがプラスになっています。ここで注目すべきはアマゾンです。同社は世界最大の小売ビジネスのプラットフォームを持っていながら、自社ではBtoBを除くとファイナンス事業に参入していません。

 

ファイナンス事業への進出は利益をもたらすと考えられるのに、あえて参入しないのはなぜか。CCCのマイナスを維持するためではないかと、私は考えます。アマゾンはここ数年こそアマゾン・ウェブ・サービス(AWS)による利益をかなり計上していますが、以前はほぼゼロでした。利益が出そうになると多額の投資をして、成長を追求してきたのです。

 

最近も、米国の大手スーパーであるホールフーズを買収するなど、さまざまな投資を継続しています。仮にアマゾンがファイナンス事業に参入すると、売上債権回転日数が長くなり、CCCがプラスになることが予想されます。そうすると、資金調達を行わずに成長を持続することが難しくなります。誤解を恐れずにいえば、丸井グループや楽天が成長より利益を追求しているのに対し、アマゾンは利益よりも成長を追求しているのです。

 

同社のCEOのジェフ・ベゾスCEOのCCCを重視する姿勢に、米国の投資銀行で勤務していた友人が驚いたと言っていました。少なくとも2000年頃は、同社のウェブサイト上は在庫があり顧客がクリックするとすぐに購入できるかのように見えた書籍も、実は在庫として保有しておらず、顧客が発注してから書籍を仕入れていたそうです。在庫の削減を通じてCCCを短縮化し、投資によって成長する意図が色濃く反映されています。

 

小倉 CCCをマイナスにすることでキャッシュフローを改善し、それを戦略的投資に振り向けて成長を加速するという図式ですね。

 

野間 日本でもかつてのホンダがそうでした。本田宗一郎氏の右腕だった藤沢武夫氏がキャッシュフローの重要性を理解していて、自転車用の補助動力エンジンを発売した際に、自転車販売店から注文書と一緒に前払金を送ってもらうようにしたといいます。

 

商品を届ける前に現金を回収し、資金繰りを大幅に改善したのです。ホンダが創業からわずか数年で急激な成長を遂げたのは、資金繰りに悩むことなく、研究開発に集中できたことが大きかったのではないでしょうか。

 

取材・文/古井一匡 撮影/永井浩 ※本インタビューは、2017年12月18日に収録したものです。

企業のためのフィンテック入門

企業のためのフィンテック入門

小倉 隆志

幻冬舎メディアコンサルティング

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