前回に引き続き、病院の設計力を高める「病院留学」とは何かを見ていきましょう。今回は、病院スタッフと患者のニーズを確認する方法等を説明します。

ベテラン担当者を「病院留学」させ、ニーズを再確認

前回の続きです。

 

このプログラムに参加させるのは、20年程度のキャリアをもつベテラン担当者です。もちろん、医業資格はありませんから、医師や看護師の業務に参加することはできませんが、資格が必要のない部門の業務は、ほとんどすべて経験します。

 

たとえば、2010年春、都内の病院で実施した検証留学プログラムでは、薬剤部での業務を通して、充実した休憩室に対するニーズの大きさを実感することになりました。担

 

当したのは、コンピュータで受けた医師のオーダーに従い、入院患者さん用の飲み薬、点滴薬などの医薬品を個別に包装し、ラベルを貼るという簡単な作業です。医師の判断で使用されなかった薬が返却されてくれば、ラベルを貼り替えて再利用できるようにします。

 

ラベル貼りが完了したら、病棟に運ぶ搬送システムに載せていくのですが、建替えの前、つまり設計中には搬送システムがなく、包装を終えた薬剤は看護師が収集に来ていました。

 

建替えが終わった現在、その動線はなくなり、代わって薬剤部が薬を搬出するまでの業務を受け持つ動線ができました。この間の作業は、すべて立ちづめで進みます。設計時、病院側がスタッフ休憩室の充実を強く要望していた理由がよく理解できたといいます。

 

また、外来の総合案内に立ったときは、建物が新しくなって勝手がわからず右往左往している患者さんのために、院内を案内しました。

 

もともと、サイン計画に関しては、「スタッフが案内することによって、患者さんへのサービスを向上させる」という病院の方針からサイン設置を控えめにしていたのですが、実際に案内業務を体験してみると、目的の場所に行き着けない患者さんが多くいることに気づきます。

 

必要なサインの種類と数、設置場所を自身で確かめることができ、どこを改善するべきか、徹底的に検証できたため、予定されていたサイン計画見直しに大いに役立ちました。

 

[写真]検証留学の様子

スタッフ業務の経験で、設計中に気づかなかった発見が

実際の病院業務を体験して得た収穫の一つは、スタッフ目線での使い勝手です。設計者としての長いキャリア、また、少ないとはいえ自身の受診体験から患者さんの動線はイメージすることができても、スタッフや物品の流れは病院から説明を受けて理解するしかありませんでした。実際のスタッフ業務を経験することで、設計中には気づかなかった発見が多くあります。

 

たとえば、これといった意図はなく廊下につくった小スペースが、リネンの作業スペースとして非常にうまく使われていたこと。付室や物置用の部屋が委託作業員のスペースとして活用されていたこと。

 

大きな収穫としては、機器類の表示はそれぞれに明確にしなければ、医療事故につながりかねないことを再認識できました。たとえば、冷庫と冷庫は文字が一つ異なるだけです。二つを並べて置くなら、表示の仕方をはっきり変えないと誤認による事故が起こりえます。

 

また、設備一つひとつの機能を業務のなかで理解できたことも収穫です。

 

たとえば、設計時、「手術室前のストレッチャー乗り換えスペースにはコンセントが必要」という要望を病院から聞いていたのですが、その目的を追求することはありませんでした。

 

ところが、〝留学〟してみて、手術直後の患者さんを温めるウォーマーのためのコンセントであることに気づくことになります。たったコンセント一つですが、使う目的がわかれば、より使いやすい位置に設置することができるはずです。

 

こうして検証留学プログラム修了者が得た収穫は、後のアフターフォロー計画の立案に活かされます。

 

また、検証留学に限らず、事前留学であれ短期留学であれ、すべての留学プログラムを通して“留学者”が学んだ内容は、一個人の設計力にとどまることなく、病院設計タスクチームという組織に蓄積されていきます。結果、キャリアの浅い担当者の設計力を引き上げることができると同時に、プロフェッショナル組織として、チーム全体の設計力を底上げしてくれるのです。

 

この話は次回に続きます。

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    本連載は、2017年8月30日刊行の書籍『病院再生の設計力[増補改訂版]』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

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