善意が失望へと変わった日

母の年金額は110万円(月額約9万円)。病気で収入が途絶え、物価高も相まって生活が苦しいのはAさんにも理解できました。しかし、Aさん自身も決して余裕があるわけではなく、生活が苦しいときでも必死に工面してきた1万円です。

(なんでそんな言い方をするのだろうか)

母の不用意な一言は、これまでのAさんの善意を悲しみへと変えてしまいました。Aさんの事情もわからずに仕送り額に不満をいう母に驚きが隠せません。

Aさんは悲しい気持ちでいっぱいになりました。

「そんな言い方はないでしょう。そもそも母さんが離婚しなければ、僕の人生だって変わっていたし、いじめられずに済んだんだ」

Aさんはこんなことを話すために帰省したわけではないはずでした。仲たがいしてしまった親子の関係は、これをきっかけに修復できないほど歪められていきます。

そしてAさんは、大きな決断を下しました。どんなときも欠かさず続けてきた母への仕送りをストップすることにしたのです。Aさんにとって、これまでの歩みを止めることは身を切られるような一大決心でした。

母への本当の援助

長年二人三脚で苦難を乗り越えてきた親子であっても、不用意な一言によって、関係が取り返しのつかない方向へ進んでしまうことがあります。「他人に対してなら言葉を選ぶのに、家族だから気を遣わなくていい」ということはありません。

「覆水盆に返らず」という諺があるように、一度発してしまった言葉は、取り消すことができないのです。母の放った言葉はAさんのこれまでの人生を全否定するものでした。悲しみから怒りへと変わったAさんの気持ちは、ついに母に対して「いままで仕送りしたお金や、母さんに頼まれて負担した臨時出費の総額、480万円を返してください」と、過去の返金を要求する事態にまで発展してしまったのです。

月収15万円の独身時代から、結婚し、子供が生まれ、住宅ローンを抱えても、毎月1万円を欠かさず送り続けたAさんの行動は、誰にでも真似できることではないでしょう。金額の多寡ではなく、「母に恩返しをしたい」と思い続けたその歳月こそが、本物の親孝行でした。だからこそ、一番認めてほしかった母から「少なすぎる」といわれたときのAさんの怒りは、当然の反応だといえます。

一方で、病気を患い、物価高のなか月9万円の年金だけとなった母親側も、将来への恐怖から余裕がなくなったのでしょう。一番甘えやすい息子へ不用意な言葉を向けてしまいました。Aさんの1万円は血の滲むような善意ですが、それが2万円に増えたところで根本的な解決にはならないのが、母の抱く底知れない生活不安の本質です。

だからこそ、Aさんが仕送りを止めたことは、自らの家計防衛だけでなく、実はこの行き詰まった状況を打開する一歩になります。

本当に母の生活が成り立たない場合、次に検討すべきは公的扶助です。実は、子どもからの仕送りが、親にとって「まだなんとかなる」という心理的ブレーキになり、本当に必要な福祉の手が差し伸べられるのを遅らせてしまうケースは少なくありません。

Aさんがこれ以上の仕送りを断つことは、母の地域の福祉事務所や民生委員が介入し、生活保護等の申請へ進むためのステップ(親族への扶養照会に対し「扶養不可」と答えること)にもつながるかもしれません。

お金を無理して送るのではなく、母のSOSを地域の福祉窓口へと適切にパスし、制度に頼ることで、新たな打開策が見つかる可能性があります。

三藤 桂子
合同会社ミコサポ
代表

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