都会の利便性を捨てて「屋久島での暮らし」を選んだ理由

2002年、地元大阪から屋久島に移住した今村祐樹さん(45歳)。ほとんど事前情報がない状態で訪れたそうですが、すぐにその美しさに魅了され、気づくと年間半分以上も滞在していました。今では、仲間と共に立ち上げたツアー会社で、ガイドとして多くの人々に島の魅力を伝えています。そんな、屋久島を知り尽くした今村さんが語る、“ほんとうの屋久島“の魅力とは。

今回お話を伺った今村祐樹さん ※写真:The GOLD 60編集部
今回お話を伺った今村祐樹さん
※写真:The GOLD 60編集部

――まずは、今村さんがどのような経緯で移住に至ったのかを教えてください

今村:私は24歳で屋久島に移住しました。大学卒業後、新卒で入社した会社は、なかなか興味が持続せず、すぐに退職してしまいます。しばらく、自分が本当にやりたいことは何なのかと悩み考える日々を過ごしていました。そのようななかで、子どもの頃から抱いていた「自然への興味」を思い出し、まずは自然に触れる旅に出てみようと決意したんです。アルバイトで資金を貯めて、沖縄の離島を巡り、その旅の終わりに、たまたま立ち寄ったのが屋久島でした。

――屋久島との出会いは偶然だったのですね。それまでは、どんな旅をしていたのですか?

今村:漠然と自然を求めて、キャンプをしながら沖縄の離島を巡っていました。青い海、白い砂浜など、南の島ならではの美しさを存分に堪能しました。ですが、次第にどれもが同じような景色に見えてきて「綺麗だけれど、どこか物足りない」と感じるようになったんです。同時に、「このまま大阪に帰っても、また以前と同じ日々の繰り返しになってしまうかもしれない」という焦りもありました。

大阪と沖縄を結ぶ船は屋久島の横を通るので、旅の途中で何気なく視界に入ってはいました。いよいよ帰るという時に、ふと「大阪に帰ったら、もう屋久島に行く機会がないかもしれない」と感じてしまって、急きょ屋久島へ。これは偶然というか、縁だと思っています。

――屋久島のどこに魅力を感じたのでしょう。移住を決意したきっかけは何だったのですか?

今村:私が泊まった宿に勤めるおじさんとの出会いが転機でした。なぜかおじさんが私のことを気に入ってくれたみたいで、おじさんが“オアシス”と呼んで大切にしている場所に連れて行ってくれることになりました。

車で数十分走ると、着いたのは清流が流れる大きな川。有名な川ではありませんでしたが、そこでの光景が今でも忘れられません。

今村氏がおじさんに教えてもらった“オアシス” 写真提供:今村 祐樹氏
おじさんに教えてもらった“オアシス”
写真提供:今村 祐樹氏

山から美しい水がとめどなく湧き出し、その流れを優しい西日が照らしている。決して派手ではないですが、これこそ自分が求めていた“自然”そのものでした。川の水を飲み、その美味しさにも驚きました。その自然に触れて、心を強く動かされている自分に気づいたのです。

「こんなにも美しい場所があるのか……もっとここに居たい」

と、心の底から思いました。

移住して気づいた屋久島の“リアル”

――屋久島の自然に魅了されて移住を決意したということですが、実際に移住して感じたメリットやギャップはありましたか?

今村:美しい水と潤いのある空気は、この島の大きな魅力だと感じます。山から流れてきた水は海に運ばれ、やがて水蒸気となって雨に変わる。屋久島は、そんな自然の循環が体感できる貴重な島です。

森から川へ。川から海へ……屋久島ではその「循環」を実感できる。 ※写真:The GOLD 60編集部
森から川へ。川から海へ……屋久島ではその「循環」を実感できる。
※写真:The GOLD 60編集部

人との関わり合いの面では、小さな島ゆえに繋がりが親密。信頼をベースとしたコミュニケーションを私は素敵だと思いますが、合わないと感じる人はいるかもしれません。ただ、島を大切にしている住民へのリスペクトの心を忘れなければ、心地よい関係性が育めると思います。

――定住者がいる一方、1年足らずで屋久島を離れる人もいると聞きました

今村:「物事を予定通りに進めたい人」にとっては、この島での生活は辛いと感じることが多いかもしれません。良くも悪くも、想定外が多い島です。たとえば、黒潮の影響を受けるので天気が読みにくく、「屋久島の天気予報は当たらない」と言われています。

この島に住むには、臨機応変に対応する力が試されると感じます。予想を超えた物事に直面した時、いかに楽しみ、ポジティブな側面を見出せるか。そんな“好奇心”が必要不可欠かもしれません。

ガイドブックには載っていない“ほんとうの屋久島”

――屋久島といえば、縄文杉を見るための長時間トレッキングなど、体力がなければ楽しめないというイメージもありますが、実際のところはどうでしょうか?

今村:わざわざ縄文杉まで行かなくても、屋久島らしさを体感できる所はたくさんありますよ。たとえば、ヤクスギランドや大川(おおこ)の滝がおすすめです。

ヤクスギランドは、ハイキングコースが充実しているため、自身の体力に合わせて選ぶことができます。入り口まで車で行ける手軽さがありながらも、樹齢数千年を超える本格的な屋久杉を見ることができるんです。森のなかには小さな川が無数に流れているので、水の流れに耳を澄ませ、森と水のつながりを五感で感じながら歩いてみて欲しいです。

出典:PIXTA
ヤクスギランド
出典:PIXTA

また、大川の滝は、島の西側にある屋久島最大の滝です。岩に座って滝を間近で眺めると、迫力に圧倒されると思いますよ。ここでおすすめの楽しみ方が、「人生を振り返りながら水の粒の落ち方を観察する」ことです。

出典:PIXTA
大川の滝
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どういうことかというと、滝に流れる水は、途中でぶつかってはじけてしまう粒や、勢いよく滝つぼに落ちていく粒、滝つぼにたどり着く前に水蒸気になって消える粒……すべて異なる落ち方で、またそれぞれのスピードで落ちていきます。水がただ落ちるだけの瞬間にも、色々なストーリーがあるのです。

楽しいこと、辛いこと、これまでさまざまな経験を重ねてきた大人だからこそ、自身の人生を滝に投影して眺めてみると、驚くほど新鮮な面白味を味わえると思います。

――少し視点を変えてみるだけで、深く充実した旅になりそうです

今村:大川の滝から流れる川を辿りながら森を下ると、海に辿り着きます。海辺で拾った流木を使う焚火もおすすめです。

そして、もしお酒が好きであれば是非とも体験してほしいのが、自分で汲んだ湧き水を使う焼酎のお湯割りです。屋久島の焼酎は全国で販売しているものも多く、比較的簡単に手に入ります。ただ、自分で汲んだ湧き水を焚火で沸かして、飲む屋久島の焼酎のお湯割りは、これまで飲んだどのお湯割りよりも美味しいと思います。
※編集部注:エリアによっては焚き火が禁止されている場合もあります。詳しくは宿泊先およびキャンプサイトの管理者にお問合せください。

――素朴な旅のようで、実は贅沢な屋久島の楽しみ方かもしれませんね

今村:数千年生きた木は何十種類もの植物と絡み合い、まるでそれらを支えてるかのように存在しています。これは、長年生きた木にしか生み出せない風景です。倒れた木は、やがて苔に包まれ、そこからまた新たな命が芽生えていく。そんな生と死が混然一体となっている様子を五感で味わえるのが屋久島です。

屋久島へ来た際には、大小さまざまな事柄を味わう“余白”を大切にしながら巡ってほしいです。そうすることで、普段の生活では感じ取れない“命の循環”や“自然の時間”を体感することができると思います。何かしら心に響くメッセージを、屋久島から受け取っていただける旅になるのではないでしょうか。