電子記録債権をベースにした企業間決済のプラットフォーム構築を手掛けるTranzaxの小倉隆志社長と国際金融・決済を専門とする宿輪純一・帝京大学教授が、フィンテックが切り開く新たな決済の仕組みを明らかにする本企画。第5回目は、フィンテックの中でもっとも伸びしろがある、手形を電子化する「電子記録債権」の可能性について語っていただいた。

法整備が追い付いていないフィンテックの現状

小倉 これまでのお話で、「フィンテック」というキーワードばかりが先行して、特に日本においては実を伴っていないということがよくわかりました。では、今後フィンテックが浸透するうえでの課題には、どういったものがあるでしょうか?

 

宿輪 捕捉しておくと、非常に優れたフィンテック系の企業も、日本には数多く誕生しているんです。特に、認証システムの分野では、世界に誇れる技術を確立している企業も多い。ただ、特に金融業務に参入している多くの企業は未熟と言わざるをえない、ということです。それだけに課題も多い。

 

1つには、前にも言ったようにコンプライアンス上の問題です。クラウドファンディングやソーシャルレンディングを手掛ける企業で、この認識の甘さが目立っています。というのも、フィンテックに伴い、非金融系の事業者がどんどん金融事業に参入してきた。言葉が適切かはわかりませんが、「かつてのフィンテック」は金融事業者が主導する業務の電子化、IT化でした。

 

ところが、フィンテックブームにより、まったく金融以外の事業者がお金の預入や貸付業務、決済業務など、銀行が独占的に行っていた業務に入り込んできた。そこでコンプライアンスに対する認識のズレが生じている点は大きな課題の1つです。小倉さんはよくご存じでしょうが、銀行の海外送金には高い手数料を取られます。ここにはマネーロンダリング等の法的対応に準ずるコストも上乗せされているんです。

 

海外の送金会社では、この法的コストが経費の多くを占めているケースもあります。昨年5月の伊勢志摩サミットでもマネロン規制の強化が議論され、米国のフィンテック企業などにも当局の指導が入っているケースが散見されていることを考えると、どれだけ今のフィンテック系企業が法的課題をクリアしているのかは疑問です。

 

帝京大学経済学部教授 宿輪純一氏
帝京大学経済学部教授 宿輪純一氏

小倉 法整備が追い付いていないということですかね?

 

宿輪 それも大いにあります。前回、話題にあがった電子マネーやポイントサービスもそうなんです。マイレージサービスや楽天ポイント、Suicaなど、いろんなサービスがあるじゃないですか? いずれも、お金と同じように支払いに利用することができます。今後、こうした電子マネーやポイントサービスの債権化なども進むと予想しています。

 

しかし、面白いことに、いまだにこれらのサービスを監督する監督官庁が定まっていないのです。全日空や日本航空のマイレージサービスの監督官庁は旧運輸省で、クレジットカードのポイントプログラムは経済産業省。そのサービスを導入する事業者の監督官庁がバラバラに縦割り行政で担当しているから、法整備が進んでいないのです。

 

コストや手間を解消できる電子記録債権の活用

小倉 実は、当社もフィンテック系の企業として、電子記録債権を利用した企業間決済のプラットフォームを提供しているのですが……やはり、この分野も課題が多いのでしょうか?

 

宿輪 実は、私は、電子記録債権は非常に地に足がついた、将来性の高い分野だと考えています。法規制によって、テクノロジー化が遅れていたからです。電子記録債権は文字通り、債権の電子化を差します。Tranzaxがまず手掛けている分野は、手形の電子化技術を利用した企業間決済の仕組みですよね。この手形は、「手形法」によって紙を前提にしたものとして規定されてきました。手形台帳に金額を印字して、収入印紙を貼りつけて、社印を押す。その手形が譲渡される際には、新たな受取人の情報を裏書きする。そういうものとして定義づけられてきたのです。

 

この手形法が存在するなかで、2008年に電子記録債権報が施行されて、手形の電子化が可能になりました。その翌年以降、メガバンクが電子記録債権の発行を担う専門会社を設立していき、2013年に全銀協も(株)全銀電子債権ネットワークを設立。そして、昨年に民間企業としては初めて、(株)Densaiサービスが国から指定を受けて、Tranzaxがサービスを開始しました。本格的に手形の電子化が進み始めたのは、ここ数年のことです。

 

小倉 おっしゃるとおりで、一部のメガバンク系の電子記録債権機関しか情報を公開しておりませんが、電子記録債権の発行額は2015年は50%成長、2016年も40%強の成長率で、今後数年間は30%以上の高成長が続くだろうと予測されている方もいます。

 

宿輪 ピークで、紙の手形が決済に占めるシェアはどれぐらいあったんでしょうかね?

 

小倉 だいたい、売掛金に対して手形の残高はピークで6割になります。

 

宿輪 もっとありそうですけど、その手形の交換高は20年で10分の1まで減少してしまいましたよね。手形の交換所もピークの約800から、足元では約200ぐらいまで減少しました。それは、手形の発行に際して収入印紙代がかかり、その手形を受け取った人が金融機関で割り引いてもらう際には数パーセットという大きな割引料がかかるなど、多くのコストが発生するからにほかなりません。

 

しかし、電子記録債権は、そのすべてのコストや手間を解消することができる。収入印紙を貼る必要はないし、期日が来れば金融機関に持ち込まずとも自動的にお金が振り込まれる。手形の台帳をつける必要もないし、手形を保管するための金庫も必要ない。受け取った電子記録債権を支払いに利用したいと思えば、分割して支払いに回すこともできる。1000万円の手形を、100万円の手形10枚に分割して、その1枚を取引先への支払いに回すことができるわけです。

 

小倉 紛失するリスクもありませんしね。

 

Tranzax代表取締役社長 小倉隆志氏
Tranzax代表取締役社長 小倉隆志氏

宿輪 そうそう。私は銀行で手形割引の窓口業務をやっていたこともあるんです。そうすると、「手形をなくしました」「ズボンに手形を入れて洗濯しちゃいました!」という人も来る。その手形の効力を失わせるためには裁判所で公示しなくちゃいけないんですよね。銀行のほうでも、判子を押す箇所を間違えちゃったりすることもある。電子化すれば、銀行の手間暇も大幅に削減できる。

 

小倉 それでいて、従来の手形と同様に、支払いを先延ばしできるメリットは残されていますよね。

 

宿輪 だから、大いに成長性はあると考えています。先に株券の電子化が進んだことも、手形の電子化を後押しするはずです。電子化にもはや抵抗のある企業はないでしょう。

 

取材・文/田茂井 治 撮影/永井 浩 
※本インタビューは、2017年4月26日に収録したものです。

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