電子記録債権をベースにした企業間決済のプラットフォーム構築を手掛けるTranzaxの小倉隆志社長と、国際金融・決済を専門とする宿輪純一・帝京大学教授が、フィンテックが切り開く新たな決済の仕組みを明らかにする本企画。第2回目は、フィンテックの中でも注目すべき3つの分野のうち、「金融業務」について語っていただいた。

「フィンテック」という言葉はアメリカで使われない!?

小倉 前回、「日本はフィンテックの導入が遅れている」という話が出ました。しかし、宿輪さんはフィンテックを導入する以前に、日本の金融システムは優れているという。なぜ世間一般の認識とズレが生じているのでしょうか?

 

宿輪 一つには「フィンテック」という言葉ばかりが先行しているからではないでしょうか。小倉さんが先ほど言ったように、金融の発展はIT化と切り離せません。その点で言えば、ずっと昔からフィンテックは進められてきたのです。日本における一番最初のIT化って何だと思いますか?

 

小倉 ATMですかね?

 

宿輪 それも近いんですけど、もっと原始的なフィンテックがあります(笑)。もともと、銀行の窓口業務は、お客様が持っている預金通帳と銀行の支店が持っている元帳とをすり合わせるようにして、入出金の管理を行っていました。始めの頃は、それこそ通帳と元帳に筆で数字を記入して管理していました。そろばんで金額を計算して、「どちらの通帳も数字が合ってるね」って、手作業で確認していた。その銀行の支店が管理している元帳を、ベルトコンベアーで運ぶようにしたのが、実は最初の“IT化”なんです。

 

小倉 それは、機械化と言ったほうがいいかもしれませんね(笑)。

 

帝京大学経済学部教授 宿輪純一氏
帝京大学経済学部教授 宿輪純一氏

宿輪 そのとおりなんですけど、ここからIT化が本格的に進んだわけです。全銀システムが構築され、ATMがコンビニにも設置されるようになって、どこでもお金を出し入れできるようになった起点は、ベルトコンベアーだった(笑)。

 

対して、今使われている「フィンテック」という言葉は、定義がはっきりしない。経済誌のフィンテック特集などでは、アメリカのシリコンバレーなどの西海岸の新興企業がクローズアップされたりしますが、実際に足を運んでみると、米国、特にニューヨークなどでは「フィンテック」なんて言葉を使っていません。特に日本は「フィンテック」というキーワードで盛り上がっています。

 

ネットの決済システムが日本で浸透しない理由

小倉 フィンテックは実体がないということ?

 

宿輪 一応、フィンテックと呼ばれているものは、大きく3つに分けられると考えています。「金融業務」「付帯業務」「仮想通貨」です。金融業務というのは銀行業務と置き換えてもいいでしょう。銀行がやっている振り込みや支払いといった決済、お金の貸し借りがそれに当たります。

 

小倉 代表的なのは、決済のほうで言うとペイパル(PayPal)、お金の貸し借りで言うとクラウドファンディングやソーシャルレンディングということですね。

 

宿輪 そのとおりです。ペイパルはもともとアメリカのインターネット・オークションサイトであるイーベイ(eBay)の決済部門ですが、銀行送金に代わるオンライン決済代行サービスとして、広く普及しました。今では全世界で1億を超えるアクティブユーザーがいると言われています。クレジットカードとメールアドレスがあれば、すぐに登録ができて、ペイパルを導入しているECサイトではアドレスとパスワードを入力するだけで決済することができます。

 

クレジットカード情報はペイパルが管理し、ECサイト事業者に渡らないため、トラブルに巻き込まれにくいとして普及してきました。そのほかにも、中国のアリペイ(Alipay)、さらには専用デバイスをくっつければスマホがクレジットカードの決済端末に変わるスクエア(Square)なども、金融業務型フィンテックの代表的なサービスです。

 

小倉 ただ、あまり日本で浸透しているようには思えませんね。

 

宿輪 それは、日本には優れた金融システムがすでにあるからですね。誰もが銀行口座を持っていて、瞬時に送金ができる。さらに、2018年10月か11月に「モアタイム・システム」という新しい決済インフラがリリースされて、24時間365日の送金(振り込み)が可能になる予定です。それ以前に、クレジットカードもほとんどの人が持っていて、代表的なECサイトではいずれも、そのクレジットカードで決済ができる。だから、ペイパルやスクエア型のフィンテックサービスは入り込む余地があまりないんです。自分に置き換えてみてくださいよ。今、必要性を感じますか?

 

小倉 そのペイパルはともかく、クラウドファンディングは利用して見ようかと考えた時期はあります。

 

クラウドファンディングでの資金調達に潜む危険性

宿輪 クラウドファンディングやソーシャルレンディングには、もっと大きな課題があります。銀行の預貸業務と異なり、まったく信用が担保されていないんです……。実際、一昨年には国内の大手ソーシャルレンディング事業者が顧客資産の管理体制が杜撰だったことを受けて金融庁から業務停止命令処分を喰らい、今年3月にも新興のソーシャルレンディング事業者が、「実際には集めた資金の貸付先が親会社やグループ会社に集中していて分散されていない」として業務停止命令を受けています。

 

不動産ローンや中小企業ローンに貸し出して、年率10%以上の利回りが得られると謳っていたのに、全然異なる運営実態が明らかになったわけです。これはフィンテックを御旗に、非金融事業者が金融業務に参入している影響だと考えています。というのも、金融業務を知らないから、コンプライアンスの重要性をしっかりと把握していない事業者がいるかもしれません。小倉さんはご存じでしょうけど、銀行は今、なかなか新規の法人口座開設には時間がかかります。

 

小倉 反社会的勢力と繋がりのある人間ではないか調査するのに膨大なコストがかかるからですね。

 

宿輪 そのとおりです。反社会的勢力がその銀行に口座を持っているというだけで、大問題になる。反社会的勢力と繋がりがあれば、それを人質に、不正に手を染めさせられる可能性もある。だから、確認作業が必要なのです。ところが、クラウドファンディングやソーシャルレンディングは、まったくそうした審査がない。要は、反社会的勢力がクラウドファンディングを通じて、特定の企業や事業に入り込んでくる可能性もある。

 

Tranzax代表取締役社長 小倉隆志氏
Tranzax代表取締役社長 小倉隆志氏

小倉 実は、私はTranzaxの業務を拡大するうえで、証券会社の人に「クラウドファンディングで資金調達をしてもいいか?」と相談したんですよ。そうしたら、「ダメだ」と。宿輪さんがおっしゃるように「変な人が株主に入ってきたらどうするんですか? 株式上場できなくなりますよ」と言われました。

 

宿輪 金融機関の人は、みんなそう考えると思います。黙認できるとしたら、商品型や寄付型のクラウドファンディングまででしょう。出資に対して商品でリターンする、ないしは寄付という形で固めれば、反社会的勢力が入ってくる可能性は低い。コンプライアンス上の問題をクリアするための態勢が銀行業務に参入するフィンテック系企業にできていないという点で、現段階ではこの分野の成長は限定的と考えざるをえません。

 

取材・文/田茂井 治 撮影/永井 浩 
※本インタビューは、2017年4月26日に収録したものです。