エサがない場所に、なぜネズミが?
素人では対処不可能と考えたT氏は、害獣駆除業者へ調査を依頼した。
侵入先を特定する調査を開始して間もなく、壁内部に敷かれているライフライン配管の隙間に痕跡が見つかった。
「ここか…」
業者はすぐに手当てをして、隙間をふさいだ。
ネズミは下層階のみならず、上層階にも侵入してくる。なかでも壁面緑化を施している建物の場合は、植栽を伝い、かなりの高層階の屋上まで登ってきた事例もある。
実は、T氏が即座にネズミ見つけたゴミ置場には、ネズミのエサになる生ゴミはほとんどない。タワマンの場合、生ゴミは各住戸のディスポーザーで粉砕処理されており、その他の燃えるゴミは圧縮機にかけるので、そこにネズミが入ることは考えられないのだ。
エサがない場所なのに、なぜネズミが入ってくるのだろうか?
「おそらく、ペットボトルに残っているジュース類ですね」
駆除業者はT氏の疑問に答えた。ゴミ置き場に置かれているのは、ペットボトルなどのリサイクルゴミである。
住民には日頃から、ペットボトルの飲料は飲み残さずに、容器はすすいで捨てるように依頼しているが、それでもわずかに残る液体を狙って、ペットボトルを食い破るのだ。
火災に感染症…住民を恐怖に陥れるシナリオ
ネズミはその小さな身体と裏腹に、災害の引き金にもなる恐ろしい生き物だ。
住宅の天井裏に入って電気配線をかじれば配線がショートし、火災の原因になる。タワマンの低層階でこの事象が発生すれば、火は瞬く間に上層階へ達し、大惨事となってしまうだろう。
恐ろしいのは火災だけではない。ネズミの排泄物には感染症の原因となる細菌が含まれており、タワマン内でネズミが大量発生すれば、病原菌がばら撒かれ「タワマン内パンデミック」が発生してしまうかもしれない。
駆除完了といわれても「どこかにいる気がする…」
害獣駆除業者から提案された「最終兵器」は、ネズミ撃退用の超音波装置だった。これを建物内のネズミが出現しそうな複数カ所に設置すると、ネズミは装置が発信する超音波に耐えられず、逃げ出すという。
業者がうやうやしく持ち出した装置は、特徴のない箱だった。
「ここから、人間には聞こえないけれども、ネズミが嫌う超音波が発信されているのです」
胸を張る業者に、T氏と副理事長は「はあ…」と気の抜けた返事をして、足元の箱を見下ろした。
幸いなことに、装置設置後、清掃業者からのネズミ目撃情報はなくなった。だがT氏は、いまひとつ「駆除された」という実感が持てないままだった。姿は見えなくなったものの、巧みに隠れているだけで、完全に駆除されていないのではないか。そんな思いがぬぐえない。
「鼠算式」との言葉があるように、ネズミの繁殖力はすさまじい。もし、まだどこかに潜んでいるとしたら…。
「いやいや」
T氏は頭を振った。
「できることは全部やったじゃないか」
T氏は自分自身を納得させるかのようにつぶやいた。
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