カープが感じていた「非常に強い不快感」
1980年代に育ったカープは、10代のころテレビゲームに夢中で、「不健康そのもの」の生活を送っていた。だがいまでは、むだに見える青春時代も投資家のキャリアを「かたちづくるうえで有効な」ものだったと考えている。
「テレビゲームのいいところは、つねに死を意識させられるということ。プレイして、プレイして、プレイして死ぬ。またプレイして死ぬ」 。現実的な害はない状態で「敗北や損失を受けいれることを学ぶ」場所だった。「しかも悩まなくていい。ただプレイしつづけるだけ。この点は投資も同じだ」。
だが、人の金を動かす投資には「つねに監視され、つねに成績を他者と比較されるという苦しさがある」とカーブは言った。短期的なリターンには投資家の才能や労働倫理、長期的な展望はあまり反映されない。
「自分ではコントロールできないことで毎週、誰かに成績表をつけられる」
自分でコントロールできないというのは苦しいことだ。カープは論理的で一貫した投資プロセスに従ってきた。だが「プロセスと結果が結びつかない」ことに「非常に強い不快感」を覚えるようになった。
カープは、動物にレバーを何度も押させ、そのつど、ちょっとしたいいものか電気ショックかをランダムに返し、やがて動物を「錯乱させる」科学実験を例にあげた。激しく変動する非合理的な市場で生きるトレーダーとして、彼はこの不運な生き物にわが身を重ねるようになった。
「正気を失わせるほどのものすごいランダム性が市場にはある」とカープは言った。「この仕事を長く続けるには、ある種、マゾヒスティックでふつうとはちがう神経の持ち主でなければならない。自分を何度も拷問にかけるようなところがある。うまくいったときには最高の気分、だがしょっちゅうまちがう。何度もやり直さなければならない」。
失明の危機から完全に回復
カープは、市場でも人生でも長く成功していくには立ち直る力(レジリエンス)が不可欠だと理解した。競技スポーツ選手だったカープは大学時代、アカデミック・オール・アメリカンとオール・アイビーのスカッシュ選手として活躍していた。
だが20代前半のときに生命の危険もある自己免疫疾患を複数発症し、医師からは30歳までに失明するだろうと宣告される。みなが驚いたことに、栄養や睡眠、ストレス管理の方法を根本的に変えたところ、完全に回復することができた。
健康と持続可能な卓越(サステナブルエクセレンス)にこだわる彼は、トゥールビヨンのオフィスを設計するにあたり、ジムや瞑想室、栄養価の高い食品をストックしたキッチンなどを配置した。炭酸飲料のもちこみは禁止だ。人材採用の際には、元CIAの尋問のプロの力を借りて、挫折から立ち直る能力のある者を選んだ。
だが2018年になり、カープはもう充分やったと考えるようになった。「投資の切れ味が鈍ってきた」し、インデックスファンドや自動取引がますます幅を利かせていく市場では自分の出る幕は小さいと感じた。あと2、3年は続けて高額な手数料を得ることもできただろうが、二流に甘んじてしがみつくのはいやだった。こうして彼はファンドを閉鎖し、約15億ドルを出資者に返し、ヘッジファンドビジネスから手を引いたのだった。
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