(※写真はイメージです/PIXTA)

環境的要因と遺伝的要因から最適な治療を導き、医療の質を向上させる新たな概念である「ペイシェント・ベイスド・メディスン(PBM)」は、従来の標準化された治療方針では見落とされてしまう、遺伝情報や患者個々の出身地や生活歴などの背景を考慮した治療を行うものです。東大病院に勤務後、現在は年間10万人を超す外来患者が殺到する眼科病院の理事を務める眼科医・宮田和典氏が、次世代医療の要と成り得る「ペイシェント・ベイスド・メディスン(PBM)」について詳しく解説します。

クロスリンキングで痛みが軽減した要因は?

そこで水疱性角膜症を患っているほかの患者に対しても、クロスリンキングによる治療を行ってみることにしました。その結果、クロスリンキングを行った14人すべてで痛みが軽減し、痛みの頻度と強さのいずれのスコアも改善されていました。また、その効果は治療から1年が経過した時点でも持続していました。

 

ところが一つだけ、予想外のことがありました。87歳の患者の例では、痛みの軽減と同時に、角膜の厚さが薄くなる効果が得られました。その他の患者の例では、痛みの軽減効果はあったものの、角膜の厚さには変化がなかったのです。

 

このことから一つの推論が導き出せます。クロスリンキングによる痛みの軽減は、角膜のむくみを解消したことが理由ではないということです。角膜のむくみを解消し、水ぶくれを治したから痛みが改善したのではなく、何かほかの理由があると考えました。

 

そこで、痛みが治った理由を探るべく、特殊な生体顕微鏡で角膜を観察したところ、その理由が分かりました。顕微鏡で観察した角膜では、すべて神経線維がなくなっていました。つまり、痛みを感じる神経がなくなったので、痛みが軽減したことが分かったのです。

 

クロスリンキングは、強い紫外線によって細胞を殺し、同時に細菌をも殺す治療法です。もちろん角膜を硬くして水ぶくれができにくくする効果もありますが、それ以上に角膜の神経をなくしてしまうことによって、痛みを感じなくなっていたのでした。そしてこの効果は長期にわたって継続することも確認しています。

 

このようにクロスリンキングは、水疱性角膜症の痛みの改善に大きな効果があることが分かりました。この治療法という選択肢があれば、87歳の患者のように、痛みを取るだけが目的の角膜移植は不要になります。つまり、クロスリンキングも手術を回避する新たな治療法の一つといえるのです。

新しい治療法を組み合わせれば手術を避けられる場合も

クロスリンキングやシアノアクリレートの使用は、いずれも手術をせずに感染性角膜炎を治療する方法として極めて有効です。

 

クロスリンキングは感染性角膜炎の治癒を早めることができます。そして小さな穴であればシアノアクリレートでふさぐことで、移植手術が不要になります。

 

同様に、移植手術が必要になる水疱性角膜症などでもクロスリンキングで痛みが軽減できれば、手術をしなくても済むようになるのです。また、繰り返す再移植を防ぐには、人工角膜が有効であることも示されました。

 

これらの方法は単体、あるいは組み合わせて応用することで、従来であれば移植手術をするしかなかった患者を手術することなく救うことができるのです。手術を避けることができるというのは、患者にとって大きなメリットにつながることはいうまでもありません。

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※ 本連載は、宮田和典氏の著書『診断治療の質を上げる ペイシェント・ベイスド・メディスン』(幻冬舎メディアコンサルティング)から一部を抜粋し、再構成したものです

診断治療の質を上げる ペイシェント・ベイスド・メディスン

診断治療の質を上げる ペイシェント・ベイスド・メディスン

宮田 和典

幻冬舎メディアコンサルティング

患者の出身地や食生活によって、かかりやすい病気、重症度が変わる――。 環境的要因と遺伝的要因から最適な治療を導く。医療の質を向上させる新たな概念「PBM」とは? 1990年代にカナダで提唱された「エビデンス・ベイスド…

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