(※写真はイメージです/PIXTA)

生まれたばかりの赤ちゃんは、「快」か「不快」かという両極端の世界で生きています。心は「快・不快」の感覚を基に発達していき、乳幼児の時期を過ぎても、その成長が止まることはありません。ただし、時には「赤ちゃん返り」することもあると言います。自分自身では気が付きがたい、心の動きについて見ていきましょう。精神科医・庄司剛医師が解説します。

心は、成長しても「赤ちゃん返り」することがある

年齢を重ねて課題を乗り越え、経験を積んでいくことで心は成長していきますが、時には赤ちゃんのような心の状態になることがあります。

 

赤ちゃんが「快」か「不快」かの両極端の世界で生きているように、赤ちゃんにとっての「相手」(対象と呼びます)も良い対象と悪い対象に極端に分裂しています。また赤ちゃんにとっての対象はまだ「母親」などの人物を全体として認識できるわけではないので、例えば良い対象はミルクをくれる母親の乳房や抱っこしてくれる腕、体温などバラバラの部分部分の感覚しかないと思われます。不快で泣いているときは、すべてが自分を攻撃してくる悪い世界だ、母親を含むすべてが敵だと感じられてしまいます。

 

赤ちゃんのころの“自分が攻撃されている”ように感じている世界を「妄想分裂ポジション」といいます。そして、心が育ってきて母親の手や腕と部分的に感じていたものが一人の人間として感じられるようになり、攻撃されていると思ったことに対して申し訳ない気持ちを抱くまでに進んでくることを「抑うつポジション」といいます。なぜポジションというかというと、これは心のある位置や状態が刻々と変わり得るものだからです。

 

そして心が成長すれば妄想分裂ポジションはなくなるわけではありません。例えば、大人になってもストレスが過剰にかかったり、不安な状況に陥ったりしたときにも妄想分裂ポジションになる、つまり赤ちゃんの状態の心に戻ってしまうことがあるのです。

「陰謀論」は妄想分裂ポジションの産物

記憶に新しいところでは新型コロナウイルスが世界中で蔓延したとき、多くの人が非常に不安で被害を受けているように感じ、それが回復しないと陰謀論が囁かれました。どこかの国が意図的にウイルスをばらまいたなどという噂です。

 

このように不安が高まったときには誰かのせいにしたいという集団の意識の力(力動)が動きます。それが集団のなかで「そうだ、そうだ」と同意されると、陰謀論として拡散されるようになります。

 

こういう心性を私たちはもっているため、妄想分裂ポジションは小さな組織でも起こります。例えば会社が危機的状況に陥ったとき、なにがいけないのかを話し合っても有効な解決法を見出せなかったりすると、一人の人物をスケープゴートにし、みんなで責めたりすることもあります。

妄想分裂ポジションから「回復」するには?

しかし、心がきちんと成長している人ならば、不安状態で攻撃されていると感じるのは一時的なことで、間もなく理性的、現実的に考えることのできる普通の状態に回復します。「疑って申し訳ない」と罪悪感を抱くこともあります。いずれにしても、いかにこの理性的、現実的に考える機能を回復するか、どれだけ早く回復できるかが重要なのです。

 

したがって、赤ちゃんのころの心のような原始的で衝動に近い状態から、現実を受け止めて回復できる能力を発達させていくことが心の成長ということです。

 

未熟な赤ちゃんの世界は「良い」と「悪い」に二分された、極端な体験をしていると考えられます。「良い」体験は理想的なこのうえない満足である代わりに、「悪い」は耐えられないほどの破滅的な体験です。成長にしたがって理性的、現実的な「思考」ができるようになることで、多少の不快は我慢ができるようになり被害的でなくなるのです。お母さんだって一人の人間で限界があり、四六時中自分の世話だけをして生きているわけではないということが悲しみをともなって受け入れられるようになるからです。

 

それが達成されないと他者は自分だけを見てくれる理想的な相手か、あるいは自分に意図的に不快感をもたらす攻撃者、迫害者に二分されたままと感じられ、なにか自分に不安や不快があると攻撃されている、迫害されていると感じるわけです。

心は「葛藤」を経て回復していく

快と不快をしっかりと感じて現実を受け止め、心の状態が回復するまでには心のなかでいろいろな葛藤が生じます。

 

精神分析学の創始者であるジークムント・フロイトは、「快感原則と現実原則」の狭間で生まれるのが葛藤だと言いました。快感原則とは、快感を追い求めて苦痛を嫌がったり泣き叫んだりする状態をいいます。しかし、現実の社会で人間が生きていくには、快ばかりを求めるわけにはいきません。時には我慢も必要ですから、現実の限界をきちんと受け入れなければなりません。この社会的な状態を現実原則といいます。

 

先ほど話した妄想分裂ポジションと抑うつポジションの間にも葛藤は生じます。「つらい、苦しい、僕をこんなつらい状態にしたお母さんはひどい人、悪魔だ。大声で泣きたい、ひどいお母さんに文句を言いたい、仕返ししたい(妄想分裂ポジション)。でもそんなことをしたらお母さんは傷つくかもしれない、悲しむかもしれない。僕のことを世話できなくなるかもしれない。それは困る(抑うつポジション)。でも僕もつらい。どうすればいいんだ」という葛藤です。

 

抑うつポジションではお母さんの現実、限界が見えています。快・不快原則だけで動いている状態は妄想分裂ポジションに近いです。

葛藤とは何か?フロイトのモデルから考える

心は実体がありませんので理解しやすくするために、フロイトは心が「自我・超自我・イド」からなっているというモデルを考えました。

 

超自我は規範とか理想(こうしてはいけない、こうしないといけない)、イドは衝動も含めた本能や欲求という原始的な部分、そして自我は超自我とイドと外界との調整役です。

 

超自我は規範とか理想に関する部分ですが、必ずしも論理的・理性的とは限りません。理性的でない過剰な超自我が神経症をつくり出す場合があります。例えば理想的な、完璧な自分でいなくてはならないという思いが強過ぎるとそうなれない自分を責め過ぎてうつ状態になってしまう人もいます。これはあまり理性的とはいえません。

 

また、超自我は自分の理想像とも関連しています。禁止や抑圧を含め、小さいころに親から取り込んで発達してくるものです。ただ小さいころに取り込んでいるので、超自我も当初は未熟です。

 

小さい子どもから見た親の像は絶対的で融通の効かない厳しいものである、つまり「ダメなものは絶対ダメ」「失敗したら、うまくいかなかったらもう大変なことになってしまう、世界が終わってしまうかもしれない」など非現実的に強調されたものであるわけです。それが徐々に大人になるにつれて、フレキシブルに、現実的に変化してくるのが健康的なのです。

 

このモデルで考えると、イドは快感原則に忠実だといえます。

 

もしも快感原則だけで大人になってしまったらどうなるでしょう。本能のままに行動すれば法律に違反したり周りに迷惑をかけたりしますし、「おまえのせいだ」「おまえが悪い」と人を攻撃したり、傷つけたりするかもしれません。そうすると社会生活が成り立ちません。もちろん超自我で禁止がかかりますが、それがまた未熟で過激な超自我であると必要以上に葛藤が強くなる場合もあるわけです。そこで自我が発達してきて現実との調整ができるようになっていきます。

 

苦痛だから泣き叫ぶ、では社会生活が成り立たないので思い通りにならない現実を受け入れ我慢しないといけなくなります。ここに葛藤が生まれるわけで、生きている限り生じるものなのです。

自分が耐えられる「ストレスの限界」を知ることが重要

こう書くと、我慢ができない人は心が十分成長していない人といっているように聞こえるかもしれませんが、我慢するのが良いことで大人であるとは単純には言い切れません。

 

逆に我慢し過ぎる人も心の成長のプロセスで、なんらかの問題が生じているのかもしれません。例えば親がとても繊細で傷つきやすい人だったり、落ち込みがちだったりした場合、十分に世話をしてもらえないなど子どものほうが我慢しなければならないことが出てきます。また、兄弟の多い家庭の長女や長男だった場合は友達と遊びたいのを我慢して家の手伝いをしたり、下の兄弟の面倒を見なくてはならないということもあり得ます。

 

このようなケースでは我慢し過ぎる大人に育ってしまうかもしれません。そうなると、職場でも人の面倒をよく見てみんなが嫌がる仕事を引き受けたり、自分だけ休日出勤したりして心身に無理がたたります。周りの評判は良いですが、本人は体を壊したり心が疲弊して限界を超えたときには心の病にかかることになります。

 

ですから葛藤とどのように向き合っていくか、バランスがとても重要になってきます。心身のバランスを崩すほどにただ我慢するのではなく、自分が耐えられるストレスの限界を知っておくことも必要ではないかと思います。

 

 

庄司 剛

北参道こころの診療所 院長

※本連載は、庄司剛氏の著書『知らない自分に出会う精神分析の世界』(幻冬舎MC)より一部を抜粋・再編集したものです。

知らない自分に出会う 精神分析の世界

知らない自分に出会う 精神分析の世界

庄司 剛

幻冬舎メディアコンサルティング

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