(※写真はイメージです/PIXTA)

睡眠不足が健康状態に悪影響をもたらすことは、何となく想像がつくでしょう。株式会社ブレインスリープが1万人を対象に行ったオンライン調査により、新型コロナウイルス感染症に罹患した人は、睡眠の質が悪いことがわかりました。驚くべきことに、質の良い睡眠をとれているか否かは、コロナ感染リスクを左右する大きな要因だったのです。睡眠研究の第一人者、スタンフォード大学医学部精神科教授・西野精治氏の最新刊『スタンフォードの眠れる教室』より、感染症と睡眠の深い関係について解説します。

Q2. 新型コロナと睡眠の関係をわかりやすく教えてください。

⇒A. 質の悪い睡眠は確実に感染リスクを高めます

新型コロナやインフルエンザは、風邪の症状ですむ「運がいいケース」もあれば、重篤な症状につながる「運が悪いケース」もあります。医師や研究者は「運が悪いケース」に注目し、防いでいくのが役割です。

 

■新型コロナと比較される「スペイン風邪」で起こった、“運が悪いケース”

パンデミックに関して睡眠医学の中で注目されている大きな報告は、スペイン風邪と「嗜眠(しみん)性脳炎」が関連しているのではないかということ。

 

100年前に大流行したスペイン風邪は、世界をゆるがすパンデミックでしたので、しばしば新型コロナと比較されますが、全人口の27%の5億人が感染し、亡くなった人の数は1億人ともいわれています。同じ時期、ヨーロッパでは「嗜眠性脳炎」が流行しました。1917年、ウィーンの病理学者コンスタンチン・フォン・エコノモが、亡くなった患者さんの病理解剖を中心に詳細な報告を行ったことから「エコノモ脳炎」とも呼ばれます。

 

発熱、喉の痛み、頭痛など症状は風邪とそっくりですが、昼間にぼんやりしたり、ものが二重に見えたり。起きていても居眠りをし、過眠症となり、眠る時間が昼夜逆転していきます。また、後遺症としてパーキンソン病の発症例もありました。ヨーロッパで流行したおよそ4年間に、500万人が発症して150万人が亡くなっているので、深刻な病気です。

 

当時はわからなかったのですが、亡くなった患者さんの肺や脳などの組織が、今でも保存されており、皆さんもご存知のPCR検査等で調べると、嗜眠性脳炎の患者さんは、確かにスペイン風邪に感染していて、肺などでは、インフルエンザウイルスが検出されます。ところが脳を調べても、脳ではウイルスは検出されないのです。それらの結果をもとに、嗜眠性脳炎は、脳内に直接ウイルスが入り込み炎症を引き起こす脳炎ではなく、いわゆる脳症と呼ばれるもので、過剰な免疫反応によって脳炎の症状が引き起こされたのではと考えられています。

 

脳症の場合、ウイルスに対する抗体が脳に入り込んでいることもあります。組織の保存方法や、検出方法の問題のため、結論はできないのですが、嗜眠性脳炎でも脳や脳脊髄液中でウイルスに対する抗体が検出されたという報告も見られます。また、抗体産生以外にも自己免疫反応を引き起こす免疫細胞もありますが、通常状態ではこれらも脳には侵入しません。脳は免疫の聖域で、免疫細胞や抗体は簡単に脳には侵入しません。またPCR検査によってスペイン風邪はH1N1というインフルエンザの一種であることもわかりました。

 

これら最近の所見と、エコノモ先生の報告とをあわせると、インフルエンザ感染により過剰な免疫反応が生じ、その免疫反応で脳の視床下部や脳幹の覚醒を維持する部位が選択的に破壊されたと考えるのが妥当ではないでしょうか。

 

■本来はウイルスと戦うはずの免疫抗体が、脳のセキュリティシステムを破壊

私たちの体は血管でつながっています。栄養や酸素やホルモンなどあらゆるものが、全国をくまなく走る高速道路上の車のように、血液によって全身に素早くデリバリーされたり、いらないものが捨てられたりしています。

 

ところが脳だけは話が別。余計なものが入らないよう、厳しく制限されています。脳はお城みたいなもので、「血液脳関門」という機能がセキュリティチェックを行い、ほとんどを遮断しています。

 

それなのに嗜眠性脳炎の人の脳には、インフルエンザウイルスに対抗する免疫抗体が存在する可能性が高い――つまり血液脳関門を突破して、入り込んでしまったのです。この抗体は本来ウイルスと戦うものなのに、脳に入るとインフルエンザウイルスに構造が似た脳の組織や部位を誤って攻撃し、病気を引き起こします。

 

嗜眠性脳炎の病原体は現在も発見されていませんが、嗜眠性脳炎の患者さんの大部分が、スペイン風邪に感染し、特定の脳炎の症状を呈していることから、嗜眠性脳炎はインフルエンザ感染によって引き起こされたインフルエンザ脳症で、インフルエンザウイルスに対する免疫反応が脳内でも生じ、脳で覚醒を維持している部位を選択的に破壊したという説が主流になりつつあります。

 

脳にウイルス抗体や自己攻撃性の免疫細胞が入り込む「インフルエンザ脳症」であれば、嗜眠性脳炎もやはり血液脳関門が破壊されて起こる病気だと思われます。

 

■「病のドミノ倒し」を防ぐためには、睡眠の質を上げることが重要

私の専門であるナルコレプシーは、昼間、頻繁かつ猛烈な睡魔に襲われます。

 

「オレキシン」という覚醒を伝達する神経伝達物質がありますが、ナルコレプシーの人では、このオレキシンを作るニューロンが減ってしまいます。ナルコレプシーでは、驚いたり笑ったりした時に全身の筋肉の脱力が起こる、カタプレキシーという非常に奇妙な症状を示しますが、これもオレキシン欠乏と関連していることがわかりました。またナルコレプシーでは、入眠時に幻覚を見たり、体が麻痺したり、金縛り発作も頻回に経験します。

 

なぜ、オレキシン神経細胞が減るのか? 主な原因は、自分の免疫細胞が誤ってニューロンを攻撃してしまう自己免疫疾患であることが、最近スタンフォードや他の研究でわかりました。

 

自己免疫疾患は、移植での拒絶反応などに関係する組織適合性抗原(HLA)という免疫細胞の血液型などの遺伝要因にも大きく左右され、ナルコレプシーでも特定の組織適合性抗原を持つ患者さんが発症します。ただ、そういった遺伝要因のみでは発症せず、先行する感染や脳外傷などの環境要因にも左右されます。

 

嗜眠性脳炎の発症機序(しくみ)にも関連するのですが、興味深いことに、2009年に豚インフルエンザが流行した時にも、ワクチン接種を受けた人や、感染した人で、ナルコレプシー患者が増えました。この場合は、嗜眠性脳炎の症状とは異なり、患者さんには昼間の睡魔やカタプレキシー、金縛り発作が出現し、特発性のナルコレプシーと全く区別できないのです。これらの発症例では、やはりナルコレプシーに特有の組織適合性抗原を持っているのです。すなわち、豚インフルエンザの感染やワクチン接種による免疫反応で、典型的なナルコレプシーが発症し得ることがわかりました。さらに興味深いことに、豚インフルエンザは、スペイン風邪と同じH1N1タイプのインフルエンザなのです。H1N1は自己免疫性脳症を起こしやすく、しかもその免疫反応は視床下部や覚醒を維持する部位を攻撃しやすいといえるかもしれません。

 

新型コロナに限らず、風邪はそれ自体の症状は大したことがなくても、やはり「万病の元」で連鎖的に重篤な病気につながる可能性があります。新型コロナでは嗅覚・味覚障害や意欲の低下など中枢の症状が引き起こされることもありますが、幸いなことに命に関わる脳炎や脳症などの発症の報告は非常にまれです。

 

 

専門領域ですのでつい説明に力が入ってしまいましたが、難しい話はさておき、風邪をひきやすくなるのは睡眠負債や睡眠の質の低下が原因であり、質の悪い睡眠には睡眠時無呼吸症候群が大きく関わっていることを覚えておいてください。

 

量が足りず、質も悪い睡眠で「病気のドミノ倒し」を起こさないように、しっかりと睡眠の質を上げていきましょう。

 

 

西野 精治

医師、医学博士

スタンフォード大学医学部精神科教授

株式会社ブレインスリープ 創業者兼最高研究顧問

 

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スタンフォードの眠れる教室

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西野 精治

幻冬舎

寝られなくても大丈夫! 科学的エビデンスで長年の悩みを解決。睡眠の誤った常識を覆す、眠りの研究最前線とは? 30万部を突破した前著『スタンフォード式 最高の睡眠』から5年。睡眠研究の権威・西野精治氏による待望の…

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