NHK連続小説『おちょやん』で杉咲花さん演じる主人公、浪花千栄子はどんな人物だったのか。夫の天外との20年の結婚生活に終止符を打った千栄子が潜伏先に選んだのは京都だった。彼女には休息が必要だった。人目に触れない場所で心身を休ませたかったのだろう。そのとき過去になりかけていた千栄子を必死で探す人物がいた。この連載を読めば朝ドラ『おちょやん』が10倍楽しくなること間違いなし。本連載は青山誠著『浪花千栄子 昭和日本を笑顔にしたナニワのおかあちゃん大女優』(角川文庫)から一部抜粋し、再編集したものです。

ラジオ・ドラマ『アチャコ青春手帖』で見せた対応力

古き良き時代の大阪弁に聞き惚れる

 

ぎりぎりのタイミングで、番組担当者はなんとか浪花千栄子と会うことができた。出演を求められた千栄子はこれを快諾する。

 

わずかな蓄えはすでになくなり、着物を質に入れたりしながら、なんとか食いつないでいるという状況だった。このままでは家賃が払えなくなる。

 

そろそろ仕事を探して、再起しなければならない。そう考えていた時でもあり、彼女にとっても、これは渡りに船の話だった。

 

ラジオ・ドラマ『アチャコ青春手帖』は放送前から注目される番組だったという。(※写真はイメージです/PIXTA)
ラジオ・ドラマ『アチャコ青春手帖』は放送前から注目される番組だったという。(※写真はイメージです/PIXTA)

 

ラジオ・ドラマはまったくの未経験だが、躊躇している場合ではない。やるしかなかった。

 

花菱アチャコは戦前に横山エンタツとコンビを組んで、しゃべくり漫才のスタイルを確立した芸人。コンビ解散後は舞台や映画などで活躍し、戦後になっても絶大な人気を誇っていた。

 

そんなアチャコが出演するとあって、ラジオ・ドラマ『アチャコ青春手帖』は放送前から注目される番組だった。千栄子は花菱アチャコの母親という役どころ。漫才ならば、その相方といったところだろうか。

 

昭和27年(1952)はラジオ・ドラマの当たり年だった。NHKの『君の名は』は、放送時間になると銭湯の女湯が空になるという、社会現象を巻き起こして空前の人気番組になっていた。

 

それと同じように、この年の1月から放送がはじまった『アチャコ青春手帖』の放送時間になると、大阪では誰もがラジオのスイッチをつけて聴き入った。放送開始から大きな反響があり、それは回を追うごとに勢いを増してくる。

 

千栄子の母親役も評判がいい。もともと漫才師であるアチャコはアドリブを多用するが、戦前の松竹家庭劇の時代から十吾のアドリブ芸に慣れている彼女は、躊躇することなくそれに対応する。

 

アチャコが千栄子を相手役として指名した理由も、この抜群の対応力にある。

 

また、大阪弁が話せることも、母親役としての条件のひとつだったが、千栄子の話す大阪弁は、アチャコや制作側が期待した以上のものだった。

 

彼女のイントネーションは、大阪に昔から住む者たちが聴いても「これが本物の大阪弁や」とうなるほどの域。柔らかく包み込むような語り口調もまた、母親という役柄にはぴったりだった。

 

息子のアチャコがハメを外した時だけは、

 

「あんた、ええかげんにしぃや!」

 

普段の優しい口調とは打って変わって、ぴしゃりと言い放つ。が、それもまたメリハリが利いて、いい味をだしている。

 

優しくも厳しい大阪のおかん。ラジオに聴き入る人々は、本物の母親に語りかけられているような錯覚を覚えてしまう。

次ページ千栄子の大阪弁には古き良き時代の大阪の風情が
浪花千栄子 昭和日本を笑顔にしたナニワのおかあちゃん大女優

浪花千栄子 昭和日本を笑顔にしたナニワのおかあちゃん大女優

青山 誠

角川文庫

幼いうちから奉公に出され、辛酸をなめながらも、けして絶望することなく忍耐の生活をおくった少女“南口キクノ”。やがて彼女は銀幕のヒロインとなり、演劇界でも舞台のスポットライトを一身に浴びる存在となる。松竹新喜劇の…

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