トヨタ生産方式は危機に強い体制を作る
トヨタ生産方式という日常は危機に強い体制を作る基礎だ。
長くトヨタ生産方式を広めるセクションにいたチーフ・プロダクション・オフィサー(CPO)の友山は「トヨタ生産方式は危機に上手に対応するものだ」と語る。
「新型コロナ危機はこれまでの災害危機、経済危機とは少し様相が違いました。災害であれば工場の壊れた設備を直せばいい。経済危機で車が売れなくなったら、販促策を打つという手がある。今回は本当に見えないウイルスが敵で、人流、物流とも止まってしまった。しかも、会社に出てはいけないと…。製造業の生産現場は在宅勤務なんかできないんです。そして、それがグローバルに一斉に起きた…。
トヨタ生産方式はリーンな生産体制です。今回は、完成車、調達部品ともパイプラインをにらみながら、生産の対策本部で、『つなぐ』仕事をする毎日でした。
危機の際の原則は、『売れる地域の売れる商品を作れるところで作る』。これは部品でも同じ。ただ、これが結構難しい。膨大なサプライチェーンがあるわけですから。
今回はフィリピンで作っていた部品がネックになり、その代替生産をする場所と国を探してつなぐのがいちばん大変でした。他社が二週間分の部品を持っているとしたら、うちはせいぜい三日分しかない。三日後の生産を今日決めるということが続きました。
逆に言えば、パイプラインの中がリーンだから、どこに何が足りないというのは時々刻々とわかる、そこがよかった。たとえば中国マーケットは早く回復したので、危機前よりも車は売れています。
僕はCPOの立場で、生産本部と販売本部の調整をしました。販売本部と生産本部を集め車種別に、作ることができるのはどの車種なのか。売れているのはどれかをお互いにつきあわせて、その場でどこに力点を置くかを決める。売れている車をさらに売るために、そこの工場の工程に生産調査部のスタッフを投入する。そうして、生産のサイクルタイムを一秒でも二秒でも縮める。
うちには設備は償却してからが勝負だと言うスタッフもいます。試作工場では、償却し終わった設備を直して、手でひとつひとつ機械をセッティングして部品を作ったりしている。
それができる技能系のスタッフがいるし、昔の機械でも修理できる保全マンがいる。それを若手にまた教えたりして。GAZOORacingの車の部品を作ってもらってますよ。レース用部品は少量生産ですから。
トヨタ生産方式は変化に強い。やっているうちに変化が好きになってくる。変化があった時ほど、オレの出番だという連中が大勢いるのが強みです。
変化にどれだけ強い企業体質を作るのかは、変化があってからでは遅い。トヨタ生産方式はふだんからそういう体質にするための掟というか作法みたいなものですよ。企業体質と言えば、すぐ収益力とか開発力となるのでしょうけれど、それは結果です。収益力、開発力を生み出す土壌、人材、企業風土がもっとも大切なんです。
そして、この四つがそろっていないとトヨタ生産方式を実行することはできない。一朝一夕ではできない方式です。危機があってからではもう遅い。危機があってから体を鍛えても遅い。僕はそう思う」
なお、補足するが、トヨタ生産方式についてはマニュアルもあるし、たくさんの本が出ている。専門のコンサルタントも世界中にいる。
勉強しようと思えばいくらでも方法はある。ただし、本を読んだり、コンサルタントからレクチャーを受けたりしても、それだけではトヨタ生産方式を本当に理解するのは難しい。
それはどうしてなのか。
トヨタ生産方式は決して難しい理屈から成り立っているわけではない。高校を卒業したばかりの人間が生産現場に入って一か月もすれば自然と覚えてしまうものなのだから。理論的な理解はできる。
ただし、この方式は理論をわかっただけでは実践できない。
頭で覚える知識(knowledge)と体で覚える技術(skill)が合体したものだから、知識だけを学んでも腹に落ちてこない。スキルを覚えなくては現場での実践に迷ってしまう。
トヨタの危機管理、対処もそれと同じだ。知識だけでなく、現場へ行って一度は経験しないと、来るべき危機には対処できない。危機管理は平時から行っていて、いざ鎌倉の時には平時の延長だと思って対処する。
野地秩嘉
ノンフィクション作家