「家に帰ったとき」あることに気づいた。50年ぶりにともに暮らすことになった母親が、どうも妖怪じみて見える。92歳にしては元気すぎるのだ。日本の高齢化は進み、高齢者と後期高齢者という家族構成が珍しくなくなってきた。老いと死、そして生きることを考えていきます。本連載は松原惇子著は『母の老い方観察記録』(海竜社)を抜粋し、再編集したものです。

「キキキキキー~~」90代の母親が出す生活音の凄さ

ドタン、バタン!

 

朝6時。階下からの大きな音で目が覚めた。20歳で家を出てから40数年間、マンションでひとり暮らしをしてきたわたしが久しぶりに聞く、自分以外の人が出す生活音だ。

 

「キキキキキー〜〜〜」雨戸を開ける音。音は上にあがる。

 

「わあ、うるさい」以前10階のマンションに住んでいた時に、人の大きなしゃべり声がして窓をあけると、通りでしゃべっている人の声だったので驚いたことがあった。あのときにわたしは、音は上に行くことを学んだ。

 

階下からの大きな音で目が覚めた。それは高齢者が出す生活音ではないという。(※写真はイメージです/PIXTA)
階下からの大きな音で目が覚めた。それは高齢者が出す生活音ではないという。(※写真はイメージです/PIXTA)

 

音は続く。次はドアを開け閉めする「バタン」という音だ。ものすごく元気のいい音だ。力のない年寄りは、静かに開け閉めするものだと思うが、まさか背中の曲がっている母がだしている音とはとても思えない大きな音だ。歩く音もすごい。年寄りはスリ足がふつうだし、わたしですら音をたてて歩かないというのに、ダンダンダンと踵から着地している力強い歩き方だ。しかも、廊下を何度も行き来しているようで、「ダンダンバタンバタン」が鳴り響く。

 

朝から家の中のどこを行き来しているのか。父と暮らしているときから、こうだったのか。いえ、絶対にひとり暮らしになってからだろう。こんなに朝から大きな音を立てられたら、あの温厚な父もがまんできなかったはずだ。それとも、仏教に精通していた父は、黙ってがまんしていたのだろうか。

 

この家の主は母だ。わたしではない。わたしは、はじめてがまんを覚えた。しかし、たまらなくなり、朝から鳴り響く音についに母が留守のときを見計らってホームセンターに走った。開閉の音を消音にするスポンジつきのテープを購入し、ドアや扉に貼りまくり、それにより多少はマシにすることができた。

 

これは高齢者の出す音ではない。体育会系の男子が出す音だ。もしかして、階下に男性が住んでいるのか。これを妖怪と言わずに何と言うのか。

 

音が大きいのは、それだけ筋力がある証拠だろう。そう言うと、大柄な筋肉質の90代をイメージするかもしれないが、うちの妖怪は小柄で華奢だ。足の間も小ぶりのバランスボール分開いていて、首も完全に前にでている。腕も首の皮膚も年齢相応に垂れ下がっている。背中は丸い。

 

「でももしかして、骨がハガネでできているのかしら」

 

運動もウオーキングもしたことがないのに、この力の強さは何なのか。この話を人にすると、「まあ、お母さんが元気でなによりね」と言われてしまうが、父の一歩後ろをそそと歩いていた母はもはや存在せず、どこから見ても妖怪だ。

 

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母の老い方観察記録

母の老い方観察記録

松原 惇子

海竜社

『女が家を買うとき』(文藝春秋)で世に出た著者が、「家に帰ったとき」あることに気づいた。50年ぶりにともに暮らすことになった母が、どうも妖怪じみて見える。92歳にしては元気すぎるのだ。 おしゃれ大好き、お出かけ大好…

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