新型コロナウイルスの感染拡大で日本人の働き方が大きく変わった。東京都の外出自粛要請に始まり、政府の緊急事態宣言が出され、多くの企業でオフィスワークを在宅勤務に切り替えるなど対応に追われた。出版業界も例外ではない。出版社もリモートワークが始まり、新しい働き方が模索されている。通勤するサラリーマンが減ったため、都心部の大型書店は休業を余儀なくされた。出版業界も撃沈かと思われたが、実はいろいろなことが起こっていた。新型コロナ禍の下での出版事情をレポートする。

世界累計500万部超を生んだ2人の出会い

出版不況に苦しむ業界人が、驚きと一種の羨望をもって注視している超ロングセラーを継続中の本がある。それも、「売れないのにスペースばかりとる」と書店員がぼやく、単行本ビジネス書においてだ。2014年上半期から今年上半期までの7年間、売り上げトップ10から外れることなく、しかも上位に君臨し続けている。ダイヤモンド社の『嫌われる勇気~自己啓発の源流「アドラー」の教え~』(岸見一郎/古賀史健:著)がそれだ。

 

2013年12月に発売されるや、翌年上半期のビジネス書ベストセラーにトーハン3位・日販4位で初登場。以来4年にわたりトップ3を継続。2018~19年は5位前後となったが、コロナの巣ごもり期間に昨年同期間の2倍近くを売り上げ、日販の2020年上半期では2位に返り咲いた。

 

 

超ロングセラーである。同時期のヒット曲『恋するフォーチュンクッキー』(AKB48)が、今も歌番組のトップ3にランクインされているようなもの。早速版元のダイヤモンド社に問い合わせてみた。『嫌われる勇気』の担当者である書籍編集局長の今泉憲志さんはいう。

 

「発行部数は国内228万部、韓国130万部超、台湾60万部超、世界累計で500万部を超えるベストセラーとなりました。ちなみに弊社トップは『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』(2009年、岩崎夏海著)の275万部。『嫌われる勇気』は国内だと歴代2位ですが、海外も含めれば歴代1位です」

 

日本ではあまり知られていないが、フロイト、ユングと並び「心理学の三大巨頭」と称され、欧米で絶大な支持を誇る精神科医・心理学者にアルフレッド・アドラーがいる。サブタイトルから分かるように、『嫌われる勇気』はビジネス書というよりアドラー心理学の入門書であり、アドラーの教えをもとにした自己啓発の書なのである。

 

話は今から20年前に遡る。書店でたまたま手にした『アドラー心理学入門』を読んで、一人の青年が、世界がひっくり返るくらいの衝撃を受けた。ライターであり編集者でもあった青年は、その本の著者と一緒に「アドラー心理学の決定版と呼べる本をつくりたい」と思い立ち、著者が暮らす京都の自宅を訪ねた。その青年が古賀史健、著者は西洋古代哲学を専門とする哲学者岸見一郎である。

 

つまり書籍が売れている期間も長いが、二人で企画・構想をあたためていた期間はその3倍も長い。やはり超ロングセラーにはそれなりの理由と歴史があるようだ。

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