新型コロナウイルスの感染拡大によって景気後退が叫ばれ、先行き不透明感が増すなか、日本経済はどうなるか、不動産はどう動くのかに注目が集まっている。本連載は、多くの現場に立ち会ってきた「不動産のプロ」である牧野知弘氏の著書『不動産で知る日本のこれから』(祥伝社新書)より一部を抜粋し、不動産を通して日本経済を知るヒントをお届けします。

働き方改革が家選び、街選びを変える

この話はなにも特殊な事例ではなく、今や大企業でも1週間のうちに会社に「出社」することがほんの1、2回といった会社は珍しくなくなっている。海外とのビジネスミーティングでさえ、今やスカイプやズームを駆使して行なうことは日常茶飯事となっているのだ。会社の会議だけみんなが事務所に集まって角の突き合わせる必要性は、急速に薄らいでいる。

 

どうやら令和の時代のうちの、そう遠くない時期に世の中から「通勤」という言葉はなくなるかもしれない。会社に行くという用事がなくなるのだ。多くの会社員というホワイトカラーの人たちが自らのスタイルで働き、会社という組織とはネット上で繫がるだけで、自分の好きな場所に居を構え、仕事は近所のコワーキング施設(共働ワーク施設)に出向くだけで、そのほとんどをモバイル上で行なうのが当たり前の世の中になるのだ。

 

牧野知弘著『不動産で知る日本のこれから』(祥伝社新書)
牧野知弘著『不動産で知る日本のこれから』(祥伝社新書)

さてこのように考えてくると、会社に通うために「会社の近くに住む」という都心居住の考え方は、本当に正しいのだろうか。都心は交通利便性が高いといっても、しょせんは自分たちの勤める会社との「行き来」のために便利であるというだけだ。とりわけ工場跡地に建設された多くのタワーマンションが建つ立地は、従来は人々が暮らすのにはあまり「良い環境」にはなかった土地が多いのも事実だ。

 

現代の働き世代は車を持たない、という。車は使いたいときに使えばよい。車を買っても使うのは週末だけで、駐車場代を払って家の前に「展示」をしているくらいなら買わないほうがよい。自転車だってシェアでかまわない。今や服だってメルカリで済ますのが彼らの考え方だ。

 

ところがマンションになると、彼らのこの合理的な思考回路が機能停止に追い込まれるようだ。自分たちが「暮らす」のに本当に良い街はどこなのか。仕事のための移動がなくなれば、まったく異なる価値観で自らの家を選ぶ時代がくることになる。それは会社への交通利便性ではなく、人生のそれぞれのステージで自分の「好み」の街を選んで「利用する」、そんな家選び、街選びが始まることだろう。家も、自動車や自転車あるいは服のように「しなやかに使いこなす」時代が、もうすぐそこに迫っているのだ。

 

先に紹介した私の知り合いの会社では、実は飲み会があるのだそうだ。社員各々が好きな場所で自分の好きな飲み物とつまみを用意して、ネット上で乾杯するのだ。それぞれの画面の背後には社員とじゃれ合う犬が登場したり、子供が横切ったりして参加者はその画面でおおいに盛り上がるのだそうだ。

 

会社から「近い」というだけの理由で買った家のために、夫婦そろって年収の3割くらいのお金を 35年間も注(つ)ぎ込むことの馬鹿馬鹿しさに、やがて多くの人々が気づくことになる。

 

不動産も自動車や自転車と同じく、「買ってなんぼ」から「使ってなんぼ」のものになるのだ。

 

牧野 知弘

オラガ総研 代表取締役

 

不動産で知る日本のこれから

不動産で知る日本のこれから

牧野 知弘

祥伝社新書

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