※本記事は、楽天証券の投資情報メディア「トウシル」で2009年10月16日に公開、2019年10月29日に加筆の上再掲載されたものです。

プロのファンドマネジャーの場合は

「投資が上手くなるには、どのようなトレーニングをすればいいのですか?」と、ある人から質問を受けた。ありふれた質問のようにも思うが、過去に記憶がない。正直なところ、適切な答えがあるなら、まず筆者自身が切実にそれを知りたい。

 

プロのファンドマネジャーの場合、どのようなトレーニングがあるか。

 

信託銀行や投信投資顧問会社のファンドマネジャーの場合、トレーニングの内容は知識の詰め込みと運用に対する慣れの二つに分類できそうだ。

 

株式のファンドマネジャーの場合だと、ファンドマネジャーになる以前にアナリストの経験をさせる運用会社が多い。この時期に、企業分析、経済分析、ファイナンス(金融論)の基礎、などを勉強させて、その後にファンドマネジャーに登用される。

 

アナリストをいわばファンドマネジャーの二軍とするような人事ローテーションをあまりに露骨に行うと、アナリスト部隊のモチベーションが下がるといった問題が生ずることもあるが、ある程度の知識を身に着けさせてからファンドマネジャーに登用するケースが多い。

 

ただし、企業分析の経験を積んで証券会社のアナリストのようなレポートが書けるようになっても、たとえば、どの銘柄を、どのような「ウェイト」と「タイミング」で買って、どのようにポートフォリオを作るといいのか、ということについては判断基準が分からない場合が多いので、「ポートフォリオの作り方・メンテナンスの仕方」については、運用の部署に着任してから覚えることが多い。

 

実際には、先輩ファンドマネジャーの仕事の様子を見たり、仕事の手伝いをしたりしながら、情報の収集方法やポートフォリオの作り方・メンテナンスの仕方を見よう見まねで覚えていくのが一般的だ。

 

ファンドマネジャーの仕事は「同じポートフォリオを持つと同じ結果が出る」ので、先輩のポートフォリオに似たポートフォリオを作って先輩達と同じように情報収集活動をしていると仕事をしているように見える。悪く言うと、何も役に立つことを考えていなくても、「それらしいポートフォリオ」を持って時々売り買いしていると、それだけで結構様にはなる。加えて、先輩達の平均パフォーマンスが市場平均を下回ることが多いのだから、割り切ってしまうと気が楽だ。

 

結局、何ら知識的な追加を得ずに、ポートフォリオを持っている状態に慣れただけでファンドマネジャーとして一人前になったような顔をしている場合もあるように見受ける。

 

そうは言っても、それぞれの組織の投資哲学に合った企業分析の方法論と、ポートフォリオの作り方については、ある程度の方法論を教える必要はある。

 

かつての筆者の場合は、業績予想の修正の評価の仕方、株価の高安の判断方法、それにポートフォリオの状態(特にリスクの大きさと性質)の見方とコントロールの仕方については、後輩ファンドマネジャーに知識を伝える努力をしていた(少なくとも「努力しているつもり」ではあった)。

矯正すべき対象は何か

しかし、ファンドマネジャーに同じように知識を伝えても、何となく上手いファンドマネジャーとそうではないファンドマネジャーに分かれたような気がする。同じ知識を持っていて、しかし、運用に上手・下手があるのだとすると、その原因は、あえて言うと「センス」ということだろう。ただし、ここでは、所詮偶然でしかない結果に対して、過剰な因果関係を推定して「センス」を考えている可能性はある。

 

仮に投資のセンスというものがあるとして、これはどうやったら鍛えることができるのだろうか。「投資のセンス」とはいかにも曖昧な概念だが、何か手掛かりはないか。

 

行動ファイナンスの世界では、投資家が合理的な判断ができれば陥らないような非合理的投資行動の傾向性を人間の判断の「バイアス(偏向)」として把握する。合理的な投資行動に照らして非合理的な判断が「バイアス」と呼ばれるのだとすると、投資の「センス」を磨く方策は、「バイアス」を取り除くことにあるはずだ。

 

そう考えると、投資家にとって、「投資のセンス」を磨くということは、大まかには自分のバイアスを除去する努力を意味することになる。

 

行動ファイナンスで定番的に取り上げられる主なバイアスは以下の通りだ。

 

(1)「オーバーコンフィデンス」:自分の判断を過剰に評価する傾向。

(2)「メンタル・アカウンティング」:それを得たプロセスによってお金の価値が違って見える現象。

(3)「時間選好率の歪み」:人間は目先の金銭的利得を過剰に重く評価する傾向がある。

(4)「プロスペクト理論」:不確実性を伴う意思決定にあって、損を過大評価するような傾向を帰納的に集約した仮説。

(5)「後悔回避」:後悔することをあらかじめ避けようとして起こる非合理的な行動(たとえば状況に関係なく自分の買い値から何%下がったら売りと決めつける損切りルールのような行動)。

 

これらの傾向を矯正できるトレーニングがあれば、それをこなすことによって、投資の「センス」が改善することになるのではないか。

本能は直るのか

さて、先に挙げた行動ファイナンスが指摘する人間のバイアスの多くは、たぶん、脳の「自己保存を求める傾向」と「統一性・一貫性を求める傾向」に原因がある。

 

例えば、オーバーコンフィデンスは、自分の過大評価だから、物事を自己保存に都合のよい一貫性の下に理解しようとする傾向だ。たぶん、時間選好率の歪み以外のバイアスは、いずれもこれらの二つの傾向が根底にあるように思う。

 

時間選好の歪みは、もともと物の感じ方の問題があるが、これを克服するには利回りの計算に整合的に意思決定する習慣をつけること以外に方法がない。自分の直感ではなく、計算に基づいて損得を評価し、行動せよ、ということだ。そう考えると、これも自己保存本能を適切に飼い慣らす努力の一種だ。

 

しかし、「(過剰な)自己保存(の傾向)」と「(性急な)一貫性・統一性(の推定)」が共に本能に基づくものだとすると、これを克服するトレーニングというのは、いかにも難しそうに思える。

トレーニング方法をあえて提案すると

脳には必ずしも合理的ではない判断を性急に下す傾向があるのだが、物事を自分にとって真に得か損かを理解すると、この理解を前提にして、新たに「自己保存」を求めるように意思決定を修正する「理解と修正」の機能がある。

 

この「理解と修正」の機能を働かせるためには、自分の投資に関する意思決定がどの程度の重要性がある何によってなされたのかを「反省」させることが有効だろう。

 

具体的には、例えば、全ての投資行動(売り・買い両方)について、何を根拠にしてそのように行動したのかを記録しておき、後から振り返ることが有効なのではないか。

 

実のところ、プロ・アマを問わず、「利食いだから売った」とか「チャートの形が大底風だから買った」といった、本来、情報的には無意味な根拠で売り買いをしていることが少なくない。そこで、自らに投資行動の根拠を問い、これを記録して後からも反省材料とすると、非合理的な投資行動を減らすことができるのではないだろうか。そして、これを繰り返すことで、投資の「センス」が身につくのではないだろうか。

 

とはいえ、人間は「後悔回避」する生き物なので、自分の投資の根拠を記録することは、率直に言って快適ではない(できれば、避けたいと感じるはずだ)。

 

しかし、それでも何か有効なトレーニングはないかと考えるなら、実際に投資を行いつつ、行動の前と後に自己反省を付加(精神的には「負荷」でもある)することが、おぼろげなものではあっても「センス」を磨くトレーニングになるのではないだろうか。

 

【追記】

ポートフォリオを作る技術の外に、行動経済在学的なバイアスを除去せよ、と我ながら実行が難しいことを言っている。ポートフォリオの作り方については、個人投資家の場合、安価で適当なリスク分析ツールがないことが痛い。

 

行動経済学的なバイアスを意識的に排して理性的に考えることについては、ダニエル・カーネマン「ファスト・アンド・スロー」(村井章子訳、ハヤカワ文庫)を読むとよく分かる。カーネマンの言う「システム1」(速い思考)が犯すミスを避けて、「システム2」でしっかり考えようということだ。もっとも、それが人間には難しいから行動経済学が成立しているのであって、バイアスの完全克服はなかなか難しい。こう考えると、運用にAIの応用が有望であることがよく分かる。

 

 

山崎 元

楽天証券経済研究所

 

※本記事は、楽天証券の投資情報メディア「トウシル」で2009年10月16日に公開、2019年10月29日に加筆の上再掲載されたものです。

 

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