もしも高校四年生があったとしたら、そのぶん英語は上達するのかか? 個人レッスン、オンライン英会話、どれをやっても英会話ができなかった英語教師・桜木 真穂が、風変わりな英会話教室で、新しい英語学習法を学びます。本連載は、金沢優氏の小説『もしも高校四年生があったら、英語を話せるようになるか』から一部を抜粋し、これからの英会話学習法をご紹介します。

 

 (物語の主な登場人物は、ここをクリック) 

 

「訳せるからといって、話せるとは限らないんです」

有紀君は一旦話を止めると、私に瓶詰めのキャンディを差し出した。

 

「僕たちの教室では、生徒さんはレッスン前にまず一個、これを舐めてもらうんです。口を滑らせて、英語を沢山話すようにって」

 

私はその中からミルクキャンディを取って、口の中に放り込んだ。

 

「え? 英語が沢山話せるようになるんですか? キャンディを舐めると」

 

「そんなわけありませんよ」

 

私は思わず、キャンディを吹き出しそうになった。

 

「一つの戒めみたいなものですね。自分で口を動かして練習しないと、英語を話せるようにはなりませんよ、っていう。たとえば、学校だと教科書がすべて日本語訳できれば『理解できている』という解釈になって、次に進みますけど、それは『話せる』とは全く別なんです。つまり、『使える英語』には全くなっていないんです。これって、漢字と一緒だと思いますよ。たとえば桜木さん、この漢字が読めますか?」

 

そう言って、有紀君は受付席に置いてあったメモ用紙にスラスラと『魑魅魍魎』と書いた。

 

「『ちみもうりょう』。化け物のことですよね?」

 

「そうです。じゃあ、これを漢字で書けますか?」

 

有紀君は今のメモをサッと隠してから、「どうぞ」と言って、私に新しいメモ用紙とペンを差し出した。私はなんとか記憶から漢字を引っ張り出そうとしたが、不細工な形の『鬼』を四匹書くので精一杯だった。

 

「この感覚ですね。『訳せる』と『話せる』の違いは。つまり、訳せるからって、話せるとは限らないんです。読めるから、書けるとは限らないように。書けるようには、実際に何回も書いてみないとダメなんです。だってそれらは全く別のスキルなんですから」

 

なるほど。私は自分が書いた、不細工な『鬼』たちをじっと見つめた。まるで自分のスピーキング力を象徴しているみたいで、余りにも不完全だった。

 

「この教室では、英語を『話せる』ようになるために、生徒さんには基本的にずっと口を動かしてもらいます。今まで学校で教わってきたみたいに、訳して満足して終わらないように。だから、先程もお伝えしたようにキャンディはその戒めですね」

 

ちょうどそこで口の中のキャンディが溶けた。ふとその時、欠伸の声が聞こえてきて、私はエリザベスの方を見た。どうやら先程の作業が終わったらしい。

 

「じゃあ、ネイティブ講師の役割って何なんですか?」

 

「『生徒さんが覚えた英語を聞いてあげること』、『発話の促進』、『間違いの訂正』の三つです」

 

瞬時の返答に私は驚いた。今考えたのではなく、それらは既に用意されていた答えだった。

 

「一人で英会話を上達させることは可能です。でも、誰かに使う機会が全くないと、モチベーションがなくなってしまうんですね。だから、覚えた英語をネイティブ相手に使う機会はあった方がいいと思います。ただしこの場合、ネイティブは聞き役に徹しなくてはいけません」

 

そういえば、日本人が英語を話せない理由の一つに「使う機会がないから」というものがある。確かに覚えた以上は、使う機会があった方がいい。

 

「次は発話の促進です。いまだにネイティブを前にして、緊張する日本人は多いですから。ちなみにネイティブが日本人と話していて、一番嫌うのは『沈黙』だと、よく聞きますよね」

 

そういえばある本に、とにかく日本人は沈黙しがちなので、「リアリー?」などの相槌表現を覚えてから会話に臨め、と書いてあったっけ。

 

「そして、最後の役割は間違いの訂正です。日本人は英語を話す際、よく言い間違えたり、ニュアンスがおかしかったりします。それを指摘して、訂正することですね」

 

確かにミスは多い。書きでは間違わないようなミスも、発話になると多発してしまう。ネイティブなら絶対に見逃さないだろう。

 

その時、ふと私は頭に浮かんだ疑問を口にした。

 

「じゃあ、フリートークはどうなんですか? ネイティブの役割としては、フリートークができるという点もあると思うんですけど」

 

そう、有紀君だって先程、会話とは「相手が言うことを聞いて、それについて返す、という一連のプロセス」と言っていた。それならば、フリートークこそ会話練習の王道ではないだろうか。

 

「順番を間違っちゃいけませんよ、桜木さん。物事を極めようとするなら、そこには必ず順序というものがあるはずなんです。スタートとゴールです。スポーツでも学問でも。フリートークはメジャーリーグみたいなものですね。あ、ちなみに桜木さんは野球は分かりますか?」

 

「あ、はい・・・そこまで詳しくはないですけど」

 

有紀君は「野球の分かる方で助かりました」と微笑んで、

 

「ネイティブとポンポン、フリーの会話をするのは、あくまで上級者がすることなんです。初心者はしちゃダメなんです。というか、できないはずなんです。だって、それって素振りもできない人が、いきなりメジャーリーグの試合に出ちゃうようなものですからね。一〇〇パーセント、三振するだけですよ。ただ、日本人はそれで満足しちゃうんです。『メジャーリーグはすごい。楽しい。やっぱり本場は違うな』って。でも、回を重ねるうちに思うんです。『私、全然話せるようになってないな』って。バッターボックスに立っていなくて、いつの間にか交替させられて、ベンチから眺めている自分に、そこで初めて気付くんです」

 

確かにフリートークをしていても、私はいつの間にか聞き役に回っていた。

 

「だから、まずは一人で基礎固めをする必要があります。素振りやキャッチボールですね。それらは地味でつまらないかもしれませんが、基礎練習とは本来そういうものですよ。そしてそれを指導するのが、この教室です」

 

なるほど。ようやくこの教室のコンセプトが分かってきた。口頭練習を繰り返して、英会話の型を付けるのか。そうするとここは、学校の野球部みたいなところになるのかもしれない。

ネイティブから聞いた英語上達法は、ピンとこなくて…

「そのため、ここでは日本人講師が必要になってきます。何せネイティブには分からないですからね、僕たちが今までどうやって英語を学んできて、頭の中がどうなっているか。『日本人のための英会話の勉強の仕方』を教えることは、絶対にできません。彼らができることは、『完成品の提供』のみです」

 

私は眉間に皺を寄せた。どういうことだろう、「完成品の提供」とは。

 

「たとえば、フランス料理を食べているだけで、フランス料理が作れるようにはなりませんよね? それと同じですよ。つまり、日本人は盲目的に高額な料金を払って、フランス料理をお腹一杯食べさせられているんです。でも、レシピは教わらない。何故なら彼らは厨房で作っていないんです。すぐに完成品ができちゃうんです。レシピすら知らない。だから僕らは、いつまで経っても作れるようになれないんですよ。ただ、満腹感は得られちゃうんです。味も美味しいんです。タチが悪いことに」

 

言われてみると、その通りだ。確かに今まで、ネイティブから受けた英会話の上達方法はピンとくるものがなかった。『洋画や海外ドラマをずっと見ていれば、ペラペラになる』とか、『街を歩いている外国人に話しかけて、友達になろう』など、全く参考にならなかった。

 

そして、一番多かったアドバイスは『日本語で考えるな。英語で考えろ』というものだ。しかしそれって、体重が増えて困っている人に対して、『痩せろ!太っているからダメなんだ!』というアドバイスと全く変わらない気がする。具体的な解決方法を一つも提示できていない。

 

私は改めて教室を見回した。初めは違和感しかなかったが、すべてにおいて意味がありそうな気がしてきたから、不思議なものである。

 

「・・・あ、あの、有紀君に質問なんですけど」

 

「はい? 何ですか?」

 

「あの・・・有紀君は、どこかにずっと留学されていたんですか?」

 

「いえ、全然」

 

「じゃあ、ネイティブの彼女さんとか、いますか? もしくは過去にいましたか?」

有紀君は苦笑いして首を横に振った。顔が赤くなったのが可愛い。

 

「もしかして・・・ハーフとかじゃないですよね?」

 

「いえ、純日本人ですよ」

 

「じゃあ・・・もしかして外国で生まれました?」

 

「いえ、群馬のど田舎ですよ、生まれも育ちも」

 

え! 純国産? しかも近隣、かつど田舎とは! 私は、急に有紀君に親近感が湧いた。少なくとも有紀君は『英語エリート』じゃない。

 

「じゃあ、有紀君はどうやって英会話を?」

 

「習ったんです、ここで。学院長に一から勉強方法や理論を叩き込まれました。もちろん、あとは自分で練習しました」

 

え! じゃあ、ずっと国内にいて、英語が話せるようになったの? すごい!

 

「あっ、あの! お願いなんですけど」

 

「はい? 何ですか?」

 

「入会の流れについて、詳しくお話を聞かせて下さい!」

 

自然と言葉が口から飛び出した。

 

(次回に続く)

 

もしも高校四年生があったら、英語を話せるようになるか

もしも高校四年生があったら、英語を話せるようになるか

金沢 優

幻冬舎

英会話スクール、オンライン英会話、ハウツー本・・・。すべてに挫折してきて、教育指導要領改定に戦々恐々とする英語教師・桜木真穂。ネイティブスピーカーの同僚を羨み自分に自信を失う中、偶然であった英会話教室で「今まで…

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