インターネットや書籍で得た知識によって、自身の健康管理をする人が増えました。このまま情報化が進めば、「医師や薬剤師の仕事はAIに取って代わられる」という言説すら囁かれていますが、その一方で、実際の地域医療の現場では、「人手不足」問題が深刻化しています。そこで本記事では、公益財団法人仙台市医療センター仙台オープン病院で薬剤師として勤務する橋本貴尚氏が、地域医療の現状について解説します。

自前で購入した書籍の情報を信じて薬を飲まない男性

地域医療の現場では、情報化や人手不足を原因とする諸問題が発生しています。そこで本記事では、これらの問題について「患者さんに薬を処方する薬剤師」という立場から考察していきます。

 

◆事例1

 

自前で『今日の治療薬2019』(株式会社南江堂)を買い、薬剤情報提供文書(以下、薬情)に書き込む男性患者(60代)。

 

筆者の働く病院は、仙台市の二次救急を担っており、救急外来には患者さんの直接受診のほか、地域の開業医や仙台市急患センターからの紹介を受け付けています。

 

筆者が夜勤中、「患者さんが薬のことで相談がある」と看護師から電話が来たので、伺いました。見せてもらった薬情には、鉛筆で「これは糖尿病の薬です」、「◯◯に注意してください」などと余白を埋め尽くすくらいびっちりと書いてありました。

 

患者さんは、「このアムロジピンという薬は横紋筋融解症がでる薬らしい。だから飲んでいない」と話します。筆者が「インターネットの情報などは、信頼できないものも多いですよ」と返すと、患者さんは「『今日の治療薬』を持っている」と答えました。

 

その場での推察ですが、患者さんのいう「アムロジピンの横紋筋融解症」は、「自発報告」であると考えられました。重篤副作用に分類されるものが「自発報告」された場合、それが1例であっても添付文書が改訂され、「重大な副作用」に掲載されます。アムロジピンの推定使用者数は数千万人いると思いますので、まず問題にならないだろうと考えられました。この旨を患者さんに伝えたところ、「医者も薬剤師も誰も教えてくれなかった。そういう話が聞きたかった」とおっしゃいました。

 

みなさん、薬情を真面目に見たことはありますか? これは筆者の私見ですが、薬情の記載の仕方は大きく2パターンにわけられます。

 

1つ目は、「説明漏れがあったら責任問題だ」ということで、びっちりと文章で埋め尽くされている場合。2つ目は「余計なことをいうと、患者さんが薬を飲まなくなるのではないか」と、空白が目立つ場合。今回の事例は後者のパターンでした。

人手もお金もない、でも患者さんの安全は守りたい

◆事例2

 

これは筆者が相談を受けた事例です。東北のある地域で、透析医療を行う医療機関に勤務する薬剤師からの相談でした。外来透析患者は600名弱、薬剤師の人数は2名です。

 

相談内容は、「透析患者さんに、薬剤アレルギーのある薬が処方された(院外処方)。さらに、調剤薬局にお薬手帳を持参されなかったため、確認されず服用に至ってしまった」ということでした。

 

さらに、対策を立てる際の条件として

 

●薬剤師が2名しかいないので、600名弱いる透析患者さんの院外処方には、まったく関与できない。

●電子カルテは導入されているが、禁忌薬処方時のアラート機能はない。お金もかけられないので、電子カルテ機能に依存しない対策を考えたい。

●お薬手帳を持参していなくても、調剤薬局で薬剤アレルギー情報をチェックしてもらえるようにしたい。

 

などの事項を挙げました。

 

簡単にいえば、「お薬手帳は使えない、電子カルテ機能も使えない、人手もかけられない。こうした状況だけど患者さんの医薬品安全は守りたい」という事例でした。みなさんならどう考えますか?

 

自分でいうのも変ですが、薬剤師の役割とは一体何でしょうか? 試しにGoogle検索をかけてみました。すると、ある行政機関の文書には、「薬剤師の主たる仕事は、薬剤の情報を提供することである」と書いてあり、ある薬剤師求人サイトには「患者さんはお薬手帳を持っており、もはや、自分の使っている薬の種類をいえるのが当たり前の時代である」と書いてありました。

 

しかしながら、先の2つの事例を見る限り、「地域で情報共有が進まない(できない)」やむを得ない事情というものが、地域医療には存在する可能性を考えました。もはや「薬剤の情報を提供する」だけ、「お薬手帳を渡す」だけでは、薬剤師としての責任はまっとうできません。何か別の視点で考える必要があると筆者は感じています。

 

筆者1人で思索することに限界を覚えましたので、いろんな立場の薬剤師の思いを聞いてみたいと考えています。

 

 

橋本 貴尚

公益財団法人仙台市医療センター仙台オープン病院薬剤部 薬剤師

 

本連載は、医療ガバナンス学会のメールマガジンを転載したものです。記載されているデータおよび各種制度の情報はいずれも執筆時点のものであり、今後変更される可能性があります。あらかじめご了承ください。

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