平成27年に相続税の基礎控除額が4割引き下げられ、平成30年には相続税法の大幅改正が行われました。相続税課税対象の範囲は大幅に広がり、もはや他人事で済まされない経営者や、資産家の方も多いのではないでしょうか。そこで本記事では、相続税回避のための対応策を解説します。

相続財対策④ 小規模宅地等の特例

「正味の遺産額」を少なくする有効な制度として、「小規模宅地等の特例」があります。「遺産」としてメインをなすのは、土地・建物の不動産ですが、せっかく被相続人が苦労して取得した不動産や、先祖代々の土地を、相続税納付のために手放さなければならないのは酷であるということから認められているのが、「小規模宅地等の特例」の制度です。

 

すなわち、三三〇平方メートルまでの土地が、被相続人の居住の用に供されていた土地であり、それを一定の要件を満たす者が取得した場合には、その土地の評価額の八〇パーセントが減額されるというものです。評価額一億円の土地が二〇〇〇万円の遺産評価額になるという制度です。

 

まず、三三〇平方メートルまでの土地が被相続人の「居住の用に供されていた土地」であることが必要となりますが、「居住の用に供されていた」とは、その被相続人がその土地で、亡くなる時に生活していたということです。被相続人が病院で亡くなった場合でも、入院する前は、その土地で生活していたのなら、この要件に該当します。

 

被相続人が「老人ホーム」に入所していて、そこで死亡した場合には、どうでしょうか。「老人ホーム」への入所が、要介護状態や認知症等によるもので、不在となった住宅を他人に賃貸していない場合には、その被相続人の「居住の用に供されていた土地」と認められます。

 

一方、取得者要件としては、①その土地をその被相続人の配偶者が取得するのであれば、無条件に認められます。②その被相続人と同居親族が引き続き申告期限まで保有・居住し続ける場合にも認められます。生活の拠点が別にあり、被相続人の介護のために、実家に時折泊まり込んでいたような場合には「同居親族」とは言えません。

 

また、転勤のため、家族全員で赴任地へ転居した場合には「同居親族」とは言えませんが、家族を被相続人宅へ残して単身赴任した場合には、「同居親族」に当たり、この要件を満たします。③さらに、配偶者や「同居親族」がいない場合には、マイホームを持たない別居親族が、申告期限まで保有した場合にも認められます。

 

マイホームを持っていたとしても被相続人が亡くなる三年前からそのマイホームに住んでいなければ、「持ち家がない」(いわゆる「家なき子」)として、この要件を満たし、特例が適用されます。この「家なき子」については、平成三〇年度の税制改正で、相続開始前三年以内にその者が配偶者、三親等の親族、またはその者と特別の関係にある法人所有の家屋に居住したことがある場合や、相続開始時の居住用家屋を過去に所有したことがある場合には適用されなくなりました。

 

私の知人が、最近、家族と一緒に住んでいた知人名義の都心のマンションから、高齢の母親が一人で住んでいる母親名義の住宅に同居するようになったのは、この「小規模宅地の特例」の適用を受けるためだと思われます。

 

この「小規模宅地等の特例」の制度は、居住用宅地だけではなく、事業用宅地や貸付事業用宅地についても認められています。すなわち、四〇〇平方メートルまでの被相続人所有の「事業用宅地」については、それを被相続人の親族が取得し、取得者がその事業を承継し、その土地を継続保有する場合には、その土地の評価額が八〇パーセント減額されることになっていますし、被相続人が所有・経営していた二〇〇平方メートルまでの賃貸アパートや駐車場の土地を親族が相続した場合には、その土地の評価額が五〇パーセント減額されます。

 

ただし、この「貸付事業用宅地」については、平成三〇年度の税制改正で、原則として、被相続人が三年超にわたってその土地で貸付事業をしていた場合に限って、評価減が認められることになりました。

 

なお、この「小規模宅地等の特例」の適用を受けるためには、原則として、相続税の申告期限内に相続税の申告をすることが必要となります。特例の適用の結果、遺産総額が基礎控除額を下回って、納税の必要がない場合でも、この特例の適用を受けるためには、相続税の申告をしなくてはなりません。

相続税対策⑤ 相続時精算課税制度

さらに、相続税対策として、「相続時精算課税」の制度があります。「相続時精算課税」の制度は、相続税と贈与税を一体化させて精算してしまう制度です。

 

すなわち、「相続時精算課税」制度を利用すると、贈与時には、二五〇〇万円の特別控除が認められており、それを超える贈与についても、一律二〇パーセントの贈与税が課されることになっています。

 

しかし、「相続時精算課税」制度によって、すでに贈与された財産も、その贈与者が死亡した後は、他の遺産とともに正味遺産額として、すべて相続税の課税対象になり、生前の二五〇〇万円の非課税枠がそのまま控除されるわけではありません。

 

ただ、「相続時精算課税」制度によって、それまでに納付した贈与税を差し引かれたものが相続税となります。この制度の適用を受けるための要件は厳格で、贈与者は六〇歳以上の親または祖父母でなくてはなりませんし、受贈者は、贈与者の推定相続人である二〇歳以上の子または孫となっています。

 

さらに、受贈者は、贈与税申告期限内に、「相続時精算課税選択届出書」を贈与税申告書に添付して提出しなくてはなりません。そして、一度「相続時精算課税」制度を選択すると、贈与者が死亡するまで、受贈者にはこの制度が適用され続け、途中で「暦年課税」に変更することができなくなります。

 

以上のような「相続時精算課税」制度のメリットは、贈与対象物である財産の評価が贈与時点で行われることから、後の相続発生時に値上がりの予想される財産があるときには利用価値がありますし、他人に賃貸中の不動産を贈与すると、その時点で「オーナーチェンジ」が行われることから、贈与時点以後に入ってくる賃料収入が「遺産」とはならない点等にあります。

相続税対策⑥ 中小企業の自社株式承継についての相続税の納税猶予制度

中小企業(非上場会社)の相続による事業承継では、優良企業であればあるほどその株式の評価額が高くなり、その株式を相続して事業を承継する後継者に、重い税負担を課することになり、スムーズな事業承継が阻害されてしまいます。

 

そこで、それに対処する制度として、「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」に基づき、中小企業の自社株を相続する場合の相続税の納税猶予の制度があります。

 

これは、先代経営者(被相続人)が、会社の代表者であり、相続開始直前において、被相続人と同族関係者でその会社の五〇パーセント超の株式を保有しており、かつ筆頭株主であった場合に、後継者が、相続開始直前においてその会社の役員であり、相続開始後五箇月以内にその会社の代表者となり、さらに、相続開始時において、後継者と同族関係者でその会社の五〇パーセント超の株式を保有し、かつ筆頭株主である場合に適用されます。

 

さらに、この制度の適用を受けるためには、相続開始の日の翌日から八箇月以内に、経済産業大臣に「認定申請書」を提出し、適用要件を満たしていることの「認定」を受ける必要があります。

 

そして、相続税の申告期限(相続開始の日の翌日から一〇箇月以内)までに、特例の適用を受ける旨を記載した相続税申告書を、「遺産分割協議書」とともに税務署に提出しなくてはならず、さらに、納税が猶予される相続税額及び利子税の額に見合う担保を提供しなくてはなりません。

 

ただ、この担保提供は、特例の適用を受ける自社株式の全部を提供すれば足りるとされています。この特例によって納税が猶予される相続税額は、後継者が以前より保有していた株式と合わせて、後継者の株式が全体の三分の二に達するまでの分の課税価格の八〇パーセントです。確かに、相続した自社株の課税価格の八〇パーセントが猶予されるとなると、「事業承継」がスムーズに行われることになると言えます。

 

しかし、この制度の適用を受けるためには、後継者は、当該会社の筆頭株主であり、代表者であり続けなければならず、当初の五年間は、平均八割の従業員を雇用し続け、かつ、一年ごとに、税務署に「継続届出書」を提出し、経済産業大臣に「事業継続報告書」を提出しなくてはなりません。これに反した場合には、利子税を含めて、猶予されていた税金を支払わなくてはなりません。

 

そして、後継者は、死亡するまでその会社の代表者であったか、もしくは、次の「後継者」に当該株式を贈与した場合には、「猶予」されていた税金が「免除」されることになります。

 

この中小企業の自社株式承継についての相続税の納税猶予の制度は、平成三〇年度の税制改正によって、一〇年間の時限措置ではありますが、さらに拡大されることになりました。

 

すなわち、これまでは納税猶予の対象が総株式数の三分の二に制限されていたのが全株式が対象となることになりましたし、納税猶予割合もこれまでの課税価格の八〇パーセントから一〇〇パーセントに拡大されました。そして、筆頭株主以外の被相続人からの相続も対象となり、後継者についても、最大三名までが対象になりました。さらに、従業員の雇用が当初の五年間の平均が八割を下回った場合でも、納税猶予措置が継続可能となりました。

 

この新たな納税猶予の特例を受けるためには、二〇二三年三月三一日までに、会社の後継者や承継時までの経営見通し等を記載した「特例承継計画」を策定し、都道府県知事に提出して、その確認を受けなくてはなりません。

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久恒 三平

幻冬舎メディアコンサルティング

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