今回は、世界の市場の波乱要因となっている新興国の地政学リスクについて考察していきます。※本連載では、経済評論家・杉村富生氏の著書、『攻めにも守りにも強い!株は100万3点買いで儲けなさい!』(すばる舎)の中から一部を抜粋し、今後の株式市場の狙い目はどこにあるのか、激変する世界経済と株式市場の分析を軸に解説していきます。

世界が震撼した「トルコ・ショック」の背景

2018年8月、トルコの通貨リラが一時1ドル=7リラを割り込み、年初来の下落率は約4割に達した。「トルコ・ショック」である。これを受け、世界のマーケットが大きく揺れたのは記憶に新しい。直近のピーク比では、5分の1になっている。

 

国内の投資家にも打撃を与えている。トルコ・リラの急落はトルコの債券・株式を組み入れた投資信託を大きく目減りさせたからだ。なかには、基準価格が半減したファンドもあるという。日経平均株価はこの事態が表面化した週明けの8月13日、終値で2万1857円まで売られた。前日比441円の急落である。

 

トルコ・ショックの背景には、アメリカとトルコの政治的な対立がある。きっかけは、2016年10月にトルコ当局がクーデター未遂事件に関与したとして、アメリカ人牧師を拘束したことに始まる。これ以来、アメリカとトルコの関係は悪化の一途をたどる。そして、2018年7月下旬、トランプ大統領がトルコに対し、牧師を解放しなければ「大規模な制裁」を行なうと警告。続いて8月1日には、アメリカがトルコ政府の法務大臣ら2人に、アメリカ国内における資産凍結を発動した。通貨暴落は、エルドアン大統領が利上げを嫌ったこともあろう。

 

これに対し、トルコ政府は8月4日、報復としてアメリカの司法長官ら2閣僚のトルコ国内における資産凍結を宣言する。激怒したトランプ大統領は、8月10日、この動きに対する制裁措置として、トルコの鉄鋼・アルミニウムの関税引き上げを発表した。まさに、報復合戦である。その税率は、何と鉄鋼50%、アルミニウム20%である。これは、2018年3月、トランプ政権が世界各国に向け発動した追加関税(鉄鋼25%、アルミニウム10%)の2倍に相当する。

 

これを受け、トルコ・リラの対ドルレートは1ドル台後半に急落し、トルコ・ショックを招いたのだった。トルコはNATOの一員であり、中東と欧州の中間点に位置する。また、トルコの債権の多くはドイツ、フランス、イタリアの金融機関が保有(約5割超)している。このため、トルコ・ショックは欧州に飛び火した。その後、トルコ中銀の緊急利上げ(政策金利を24%に)が奏功し、トルコ・リラはやや値を戻したが、トルコのエルドアン大統領は、トランプ大統領の経済的な脅しに対し、一歩も譲歩しない姿勢を貫いている。この結果、トルコ・リラは再度、最安値圏に接近した。

 

アメリカとトルコは、NATO(北大西洋条約機構)の同盟国同士である。しかし、トランプ大統領との対決姿勢を鮮明にするエルドアン大統領は、イラン、中国、ロシアとの関係強化を示唆している。これで、トルコのEU加盟は遠のいたと思う。アメリカとトルコの対立は、アメリカと対峙するイラン、「一帯一路」を推進する中国はもとより、NATOの存在に懸念を示すロシア・プーチン大統領にとって、バルカン地域で勢力拡大をはかる絶好の好機となるだろう。

 

加えて、両国の対立は、日本企業にも大きな影響を与えている。実際、東洋インキSCホールディングス(4634は、2018年下期に予定していたトルコ工場の着工を延期した。地政学上のリスクである。

10万分の1」のデノミを実施したベネズエラの惨状

トルコ・ショックは、トルコの通貨危機を意味する。しかし、問題はトルコ・リラだけでなく、他の新興国にも通貨危機が波及している点にある。

 

トルコ・リラが急落した2018年8月、インド・ルピー、アルゼンチン・ペソ、南アフリカ・ランドなども軒並み売られた。下落率はトルコ・リラほどではないが、ブラジル・レアル、ロシア・ルーブルも安い。この背景には、投機筋の暗躍があろう。

 

この流れは、アジアにも波及している。2018年9月には、インドネシアのルピアが一時、1ドル=1万5000ルピア台をつけた。これは、アジアが通貨危機に直面した1998年以来の安値である。フィリピンのペソも安い。新興国通貨はガタガタになりかけている。

 

新興国の株式市場は、通貨安を受けて軒並み売られている。インドネシアでは、ジャカルタ総合指数が2018年9月5日に5683ポイントまで急落した。これは、前年末より約8%安い水準だ。ちなみに、同期間における日経平均株価の騰落率は、マイナス0.8%でほぼ同水準である。新興国は対外債務が多いため、通貨が安くなると物価の高騰、債務返済の負担増を招く。トルコの対外債務はおおむね4500億ドル(約50兆円)、インドネシア3500億ドル(約39兆円)、アルゼンチン2300億ドル(約25兆円)だ。これらはいずれも外貨準備を上回っているとされる。

 

[図表1]対外債務/外貨準備の比率(2017年末時点)

(出所)三菱UFJリサーチ&コンサルティング
(出所)三菱UFJリサーチ&コンサルティング

 

通貨危機に加え、新興国ではベネズエラ、アルゼンチンなどの経済危機も深刻だ。ベネズエラ政府は、2018年7月25日、通貨単位の引き下げであるデノミを実施すると発表した。これは深刻化するハイパーインフレ対策として行われたが、驚いたのは引き下げの大きさである。

 

当初は3ケタの切り下げを計画していたが、それでは物価上昇のペースに追いつかないため、何と通貨の単位を5ケタ切り下げることにしたのだ。実際、ベネズエラのマドゥロ大統領は、翌8月20日に10万ボリバルを新通貨の1ボリバル・ソベラノと交換し、物価上昇に歯止めをかける決意を示した。実に、「10万分の1」のデノミである。仮に、これが日本で行なわれた場合、10万円の旧円が1円の新円と交換されることになる。考えただけでも、ゾッとする話ではないか。

 

ハイパーインフレの大きな要因には、通貨の急落と物資の不足がある。しかし、ベネズエラでは、このデノミ実施後も新通貨のレートは対ドルで3割近く下落し、通貨安とハイパーインフレに歯止めがかかっていない。加えて、新しい紙幣が不足していることも、デノミの効果を半減させている。

 

この結果、国外へ脱出するベネズエラ人が急増し、周辺国を大混乱の渦に巻き込んだ。特に、隣国のコロンビアには80万人以上ものベネズエラ難民が流入し、ブラジルでは一時、国境が閉鎖される事態に陥った。このほか、両国経由で近隣のエクアドル、ペルー、チリ、アルゼンチンにも入国希望の難民が殺到している。そのアルゼンチンは、ペソの下落があって、利上げを余儀なくされている。何と、アルゼンチンの政策金利は年率60%だ。これは、異常な水準すら通り越しているのではないか。

 

これを受け、国際マネーは、アメリカに向かっている。何しろ、「アメリカが第一」だ。その分、新興国では資金流出が起きている。その背景には、新興国経済の脆弱性があると指摘する専門家もいる。

 

先述どおり、対外的な債務をドル建てにしている新興国は、自国の通貨が急落すれば、その分、対外債務が大きくなる。つまり、新興国の通貨安は、新興国経済に負の連鎖をもたらす危険性をはらんでいるといってよい。これは、FRBによる利上げの後遺症である。

 

ただ、1997年のような通貨不安に発展する可能性は低いだろう。2017年の経常赤字は、アメリカが4662億ドル、新興国は390億ドルとアメリカが突出している。この数字が持つ意味は、極めて大きい。

「アメリカ1強」のゆらぎが招く、世界的な株安の連鎖

地政学リスクで忘れてならないのは、北朝鮮をめぐるリスクである。2018年6月12日、米朝首脳会談が実現した。アメリカのトランプ大統領と北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長が、シンガポールで歴史的な会談を行なったのである。

 

この結果、トランプ大統領は北朝鮮に現体制を保証する約束をし、金委員長は、朝鮮半島の完全な非核化について決意を表明した。しかし、共同声明に実質的な約束が盛り込まれなかったことで、北朝鮮の非核化には遠い道のりが残された。実際、この会談以後、両国の間で非核化をめぐる協議が停滞している。懸念されるのは、北朝鮮お得意の「時間稼ぎ」だ。北朝鮮は日本向けに実戦配備した「ノドン(中距離弾道ミサイル)」を、数百発保有しているとされる。この脅威を忘れてはならない。現に、核リストの申告はおろか、非核化の工程表についても、提示する姿勢すら見せていないではないか。

 

もう1つ、北朝鮮問題だけでなく、アメリカはシリアをめぐってロシア、イランとも対立を深めている。シリア問題は古くて新しい問題だが、対立の火種がより大きくなることを、マーケットは懸念している。

 

2018年10月に入ると、今度は「サウジ・リスク」が台頭した。サウジアラビアの著名ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏が同月2日、トルコのサウジアラビア総領事館で殺害されたのである。

 

この前代未聞の事件は、サウジアラビア高官の関与が指摘されている。トルコのエルドアン大統領は「計画的だった」と言明し、サウジアラビア側に犯人の引き渡しを求めた。また、アメリカのトランプ大統領も、サウジアラビア側の二転三転する説明を「最悪の隠ぺい工作だ」と厳しく批判している。

 

2018年10月2日は、くしくも日経平均株価が27年ぶりのザラバ高値(2万4448円)をつけた日である。しかし、この日を境に、株価はつるべ落としの下落となり、同月26日には2万971円(安値)まで売られた。この間の下げ幅は、実に3400円を超える。

 

もちろん、世界的な株安の連鎖を招いたのは「アメリカ1強」のゆらぎであり、前述の米中貿易戦争の懸念が背景にある。だが、カショギ氏殺害事件にサウジアラビアの実質的な最高権力者、ムハンマド皇太子の関与が疑われたことで、マーケットは疑心暗鬼に陥った。中東地域が揺らぐことのダメージは大きい。

 

実際、この事件の影響は大きく、10月23日にサウジアラビアの首都・リヤドで開催された「砂漠のダボス会議」には、世界の主要企業の幹部が出席を見送っている。

 

日本企業でも、ソフトバンクグループ(9984)が直撃を受けた。同社は2017年5月、サウジアラビアの政府系ファンドと共同で、運用額10兆円規模の「ソフトバンクビジョンファンド」を設立している。このファンドは「大丈夫か」といわれ、株価は9月28日の高値1万1500円が11月1日には8224円(高値)まで下げている(この間の下落率=28.5%)。

 

[図表2]ソフトバンクグループ(9984)の日足

 

本連載は、杉村富生氏の著書『攻めにも守りにも強い!株は100万3点買いで儲けなさい!』(すばる舎)から一部を抜粋したものです。掲載いたしましたチャートの銘柄表記は、一部を除きゴールデン・チャート社に準じております。また、日経平均株価は正式には小数点第2位の銭表記までありますが、本連載では煩雑になるのを避けるため、小数点以下は切り捨てて表記しています。なお掲載している情報は、投資の勧誘や個別銘柄の売買を推奨するものではありません。投資はご自分の判断で行ってください。本連載を利用したことによるいかなる損害などについても、著者、出版社および幻冬舎グループはその責を負いません。

攻めにも守りにも強い! 株は100万3点買いで儲けなさい

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杉村 富生

すばる舎

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