今回は、日本独特のコミュニケーション文化について見ていきます。 ※若手社員、シニア人材のマネジメントに頭を痛めている管理職は少なくありません。しかし、「縦のダイバーシティ」、つまりジェネレーションギャップに着目することで、問題解決の糸口を探すことは可能です。本連載では、世代に特徴的な考え方や行動の傾向を把握した、効果的なアプローチの方法を伝授します。

日本は「極めてハイコンテクスト」な文化を持つ社会

ビジネススクールの教授エリン・メイヤーは、その著書『異文化理解力―相手と自分の真意がわかる ビジネスパーソン必須の教養』の中で、日本は極めてハイコンテクストな文化を持つ社会だと位置づけ、その理由の一端を言語と社会に求めています。

 

日本を含めて、アジア系の言語の国はそれぞれが長く共有されてきた文化の歴史を持っています。その文化は人と人との関係性を重視しており、長く続くにつれてさまざまなコンテクスト(文脈)が共有されていくために、わざわざ言葉で説明しなくても理解し合えるコミュニケーションが発達したのです。

 

一方、ヨーロッパは戦乱が多く、なかなか政治的に統一された国家ができませんでした。その中でも早くから文化的にまとまったのが、イタリアやフランス、スペイン、ポルトガルなどのロマンス語(ラテン語)系諸国です。同じくスペイン語やポルトガル語を使う南米諸国と合わせて、これらの国はアジア圏に次いでハイコンテクストな文化を持っています。

 

アメリカやイギリスやドイツなどアングロサクソン系の言語の国々は、アメリカやカナダやオーストラリアをはじめとして、比較的、歴史の浅い国が多くなります。イギリスですらアングロサクソン系の王国として統一されたのは9世紀のことですし、以降もヴァイキングに支配されたりフランス王家に征服されたりで、文化が入り混じりました。そのため、アングロサクソン系の言語の国々は、全体的に異文化コミュニケーションに適したローコンテクストの文化を持っています。

 

[図表]言語の種類によるコミュニケーションタイプの分類

【出典】エリン・メイヤー『異文化理解力―相手と自分の真意がわかる ビジネスパーソン必須の教養』英治出版
【出典】エリン・メイヤー『異文化理解力―相手と自分の真意がわかる ビジネスパーソン必須の教養』英治出版

 

言葉でできるだけ多くのことを説明しなければならないアングロサクソン系の言語は、ロマンス語系の言語などに比べて、単語の数が多いといわれています。実際に英語とフランス語の辞書を比べてみると、総単語数に7倍もの差がありました。

 

また、文法構造などを比較しても、日本語に比べて英語の明瞭さは際立っています。日本語は主語を省略したり助詞を省略したりできるため、実際に話された言葉だけを見ても意味が分からないことが多いのです。

 

たとえば、「ぼくは鮭」という言葉を見ても何のことだかよく分かりませんが、レストランでコース料理のメインディッシュを選んでいる場面だというコンテクストを知れば、意味が通じます。一方、英語では「I will have salmon.(ぼくは鮭をいただこう)」などと、きちんとした文章にしなければならないため、実際に話された言葉だけを見ても意味をつかむことができます(もちろん、実際のレストランの現場でメニューを見ながらであれば「Salmon, please.」などといったハイコンテクストなコミュニケーションでも通じるでしょう)。

 

ハイコンテクストなコミュニケーションの文化とは、相手が何かを話しているときに、表情や態度や全体の文脈などから、言外の意味を常に読み取ろうとしなければならない文化でもあります。

 

たとえば、上司から頼まれたレポートを提出したときに、その上司がこちらの目を見て満面の笑顔で「ありがとう! 助かるよ」と言えば問題はありませんが、ちょっとびっくりしたような表情で「ああ、ありがとう」と言ったのであれば、何かミスをしたのではないかと心配しなければなりません。

 

たとえそれがメールであっても同じことです。日本では、メールのコミュニケーションのツールとして顔文字や絵文字が発達しました。私たちは、メールでの文章がしばしば冷たく感じられてしまうことを気にして、顔文字や絵文字を頻繁に使います。これが、どれほど日本的でユニークな慣習だったのかといえば、Kaomoji、Emojiという英単語が作られて、英語の辞書に掲載されてしまうほどです。

 

そればかりではありません。日本のEmojiは、欧米諸国にとってはあまりにも革新的であったため、2016年にはアメリカのニューヨーク近代美術館(MoMA)が、絵文字のセットを永久収蔵品に選びました。言葉によらず、非言語で感情を表現する絵文字は、あまりにも日本的なハイコンテクストのコミュニケーションを象徴する文化です。

 

また、日本と同じくハイコンテクストなコミュニケーション文化を持つイランでは、他人の家で食べ物の提供を申し出されたときに、たとえお腹が空いていても一度は断るのが礼儀だとされています。

 

それを知っているイラン人同士であれば「お食事をいかがですか」「ありがとう、結構です」「そんなこと言わずに、食べてください」「食べてきましたから」「せっかく用意したんです」「そうですか、それでは少しいただきます」というハイコンテクストな会話が可能ですが、知らなければかわいそうなことになってしまいます。

 

日本にも似たような文化があります。たとえば、日本では褒められたときに「そんなことないですよ」とか「私なんかまだまだです」とか、謙遜して否定するのが美徳だとされています。また、日本ではあからさまにノーと拒絶することは、場の空気を壊すのでよくないことだとされています。そのため、さまざまな婉曲なノーが生み出されました。

 

ビジネスシーンで、あなたがお客様に新しい企画を提案したとします。そのときの相手の答えが「いいですね、ちょっと上司と相談してみます」だったら、その真意は「いまいちかな」だと思います。「なるほど、持ち帰って検討しますね」だったら、その真意は「これはNGです」ではないでしょうか。「わたしはいいと思います」だったら、その真意は「たぶん会議では通りません」でしょう。「前向きに検討します」と言われたら、その日の商談は終了の合図です。

 

あるいは、上司が部下に納期の早い仕事を頼んだときに、その答えが「やってみます」とか「全力を尽くします」とか「検討します」とかであれば、部下は「おそらく間に合わないかもしれない」と考えていることが想像されます。

 

一方、多民族が共生するアメリカは、世界で最もローコンテクストなコミュニケーションを行う文化です。そのため、アメリカ人はビジネスでもノーをはっきりと言う傾向があります。しかし、ハイコンテクストな社会の人から見ると、ローコンテクストな社会の人は時々ぶしつけで、礼儀を知らず、言わなくてもいいことをわざわざ言うかのように見えてしまうのも確かです。

 

日本のような国では、マネジメントスタイルもハイコンテクストになります。アメリカ人の上司が部下の仕事のミスを具体的に指摘して改善を求めるとき、日本人の上司はただ一言「これでは駄目だ」と言って、あとは部下に考えさせます。あるいは、アメリカ人の上司が「今回はこれで通すけど、次はこういう点を直して」と指導するのに対し、日本人の上司は「ごくろうさん」とぶっきらぼうに言って、自分が完全には満足していないことをほのめかし、部下の成長を待ちます。

「ローコンテクスト」なマネジメントが推奨されるが…

日本のハイコンテクストなコミュニケーションは、しばしば社交辞令といわれることがあります。社交辞令は別に日本の専売特許ではなく、辞書で英訳すると、social etiquette(ソーシャル・エチケット)という言葉が出てきます。しかし、これは端的にいえば誤訳です。英語でsocial etiquetteといえば「相手が話しているときには目を見る」とか「後ろの人のためにドアを手で押さえる」とか「握手するときはしっかりと」など、社会的なマナーを指します。一方、日本で社交辞令といえば、相手を傷つけず、その場を和やかにするための言葉が主に連想されるでしょう。

 

典型的な社交辞令とは次のようなものです。

 

「機会があれば飲みにいきましょう」「予定が合えば皆で食事にいきましょう」「またぜひお会いしたいですね」「こちらから連絡します」「いろいろ教えてください」「勉強させてください」「近くに来たら寄ってください」「そのうち、ごあいさつにいきますよ」「私も行ってみようかな」「時間があれば行ってみます」「行ってみるかもしれません」「行けたら行きますね」

 

これらはたいてい、文面通りの意味を持ってはおらず、場を和やかにするための応答だったり、円滑に会話を締めるための言葉だったりします。

 

社交辞令を嫌う人もいますが、長く使われてきた習慣にはそれなりの意味があります。

 

上手な使い手は社交辞令であることがきちんと相手に伝わるような言い方をするものです。たとえば「機会があれば~」「予定が合えば~」「時間があれば~」などの条件を付けたり、「~してみようかな」「~かもしれません」「また今度そのうち~」などと話をあいまいにするとともに、それらの言葉を強調しておくものです。

 

日本の中でも特にその歴史が古く、ハイコンテクストなコミュニケーション文化を持つ京都では、長居をしたお客様に対して「そろそろ帰ってください」の意味で、「何もないけど、お茶漬けでも食べていきますか?」と尋ねるそうです。京都人同士であれば、そう言われればすぐに気づいて「結構です、そろそろ失礼しますね」となるのですが、意味を知らない人だとそのまま居座ってしまうかもしれません。しかし、いつまで経ってもお茶漬けは出てきません。行き過ぎた社交辞令は、しばしば気まずい空気をつくります。

 

このように、ハイコンテクストなコミュニケーションは、言外の意味が通じる間柄であれば、ぎすぎすした雰囲気にならずに穏やかな会話をつくる潤滑油になりますが、通じない相手とは話が嚙み合わずに、お互いにコミュニケーション不全にイライラすることが多くなります。一方、ローコンテクストなコミュニケーション文化では、裏表がなく、行き違いの少ない会話ができますが、遠慮のないストレートな物言いがしばしば登場するため、慣れていない人にとっては傷ついたり、不愉快になったりする場面があるかもしれません。

 

非常にハイコンテクストな文化を持つ日本ではありますが、昨今はグローバリゼーションに対応するかたちで、ローコンテクストなマネジメントが推奨されることが多くなっています。「見える化」とか「透明化」とか「フラット化」とか、そういったビジネスの流行り言葉はすべてローコンテクストを志向しています。

 

しかしながら、相手を子ども扱いしているようなローコンテクストなコミュニケーションは、若手社員には有効ですが、年上のシニア人材のマネジメントには向きません。今さら流儀を変えてもらうわけにもいかないシニア人材に対しては、慣れ親しんだハイコンテクストのコミュニケーションでマネジメントをしたほうがよいのです。

 

若者からは「意味が分からない」と嫌われがちなハイコンテクストのコミュニケーションも、いちがいに悪いというわけではありません。長年一緒に仕事をしてきて、話がすぐに通じる相手であれば、ハイコンテクストのコミュニケーションのほうが効率よく、気分もよく物事を進められるのです。なにしろ、苦労して相手に理解してもらうために説明をしなくても、ちょっとした態度や表情で察してもらえるのですから、慣れてしまえばこんなに楽なことはありません。

 

 

西村 直哉

株式会社キャリアネットワーク代表取締役社長
人材育成・組織行動調査のコンサルタント

 

世代間ギャップに勝つ ゆとり社員&シニア人材マネジメント

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西村 直哉,江波戸 赳夫

幻冬舎メディアコンサルティング

管理職必読“ダイバーシティマネジメント"シリーズ、待望の第二弾! ジェネレーションギャップに悩む「管理職」必読! 「各世代の価値観」を理解し「ジェネレーションギャップ」を乗り越えろ。 それぞれの世代に有効な…

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