「本当に自分で書いたのか?」…激昂する妹、疑念が深まる兄

「この遺言、本当に父さんが自分で考えて書いたのか?」とタツヤさんが聞くと、マユミさんは「どう見てもそうでしょう。お父さんが自分で書いたの」と答えます。

しかし、「どうして遺言を作ることになったのか」「誰かが文章を用意したのか」「書いたときに誰かがそばにいたのか」と詳しく尋ねても、マユミさんの説明ははっきりしません。

やがてマユミさんは、声を荒げました。

「日頃の介護をこっちに任せておいて、お金の話になったら文句を言うの? お父さんだって、『マユミにばかり世話をかけて申し訳ない』って私たちに感謝していたのよ」

それに対しタツヤさんは、「介護してくれたことには感謝している。でも、それと父さんの遺言が本物かどうかは別の話だろ」と譲りません。

生前、父から聞いていた話とは正反対の内容の遺言が、認知機能が低下したあとの日付で作成され、財産や実印を管理していたマユミさんから突然出てきたのです。

自分に有利な遺言を書かせたのではないか……。一度生まれた疑念を、タツヤさんは拭うことができませんでした。

その後、タツヤさんは弁護士へ相談し、遺言書の原本だけでなく、父が過去に書いた手紙や年賀状などの筆跡資料、遺言書作成当時の診療記録や介護記録などを集めています。

こうして、1枚の遺言書をきっかけに、兄妹同士の不満と不信感は一気に表面化してしまいました。

【弁護士が解説】遺言書の「筆跡」と「遺言能力」をどう見極めるか

本件のようなケースでは、「本当に本人が書いたのか」という筆跡の問題と、作成当時に遺言の内容や効果を理解できるだけの判断能力があったのかという「遺言能力」の問題が中心になります。話し合いで解決できなければ、最終的には遺言無効確認訴訟で争うことになり、時間も費用もかかる負担の重い紛争になりがちです。

もっとも、疑念があるからといって、すぐに訴訟を起こすべきではありません。筆跡については、裁判で利用する本格的な鑑定には数十万円程度かかることもありますが、まずは数万円程度の簡易鑑定を利用し、本人の過去の手紙や署名などと比較してみる方法もあります。

また、認知機能が問題となる場合には、相続人として病院の診療記録や介護記録などの開示を求め、遺言作成当時の状態を確認することも重要です。

「なんとなく怪しい」という感覚だけで遺言を無効にすることはできません。弁護士に相談しながら、まずは筆跡、医療記録、作成経緯などを調査し、その疑念が客観的な証拠によってどこまで裏付けられるのかを確認してから、訴訟に進むかを判断することが重要です。

山村 暢彦
弁護士法人山村法律事務所
代表弁護士

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