日本の製造業を取り巻く人材不足の問題は深刻です。国内での人材調達はすでに限界を迎えており、かといって海外に開発拠点を設けようにもかなりの投資が必要です。また仕事の品質にも不安が伴います。人材不足を解消し、運用コストと仕事の品質を両立させる現実的な解決策はないのでしょうか。※本連載は、株式会社アールテクノの代表取締役である吉山慎二氏の著書『ゼロからわかるオフショア開発入門』(幻冬舎MC)より一部を抜粋、編集したものです。

オフショア開発における最大のメリット

オフショア開発の長所として教育コストや運用コストの面から述べましたが、なんといっても大きなメリットは、母集団となる人材市場が一気に広がることであるといえるでしょう。国内での広告媒体やハローワークからの応募者の中からは見つけることができない、人材紹介会社も派遣会社も提案できない、通常の採用では「見たこともない経歴書」の中から技術者を選ぶことが可能となるのです。

 

優秀な技術者が次々に応募して目移りして選びきれない、といった会社はごく限られています。しかし、そうでなくても、国内人材市場だけを見ていてはなかなか獲得できない経験・スキルを持ったエンジニアを企業が自ら選択し、採用(獲得)することができるのは、オフショア開発ならではの魅力です。

 

実際、「大手上場企業の開発部門にいた」「同業種のライバル会社で設計部にいた」といった経歴の持ち主を面接したり、採用できたり、といった例は、枚挙に暇がありません。日本の大手製造業で鍛えられてきた人材を自社で活用することも夢ではないのです。しかも、そんなエンジニアを先述した通りの低いコストかつ低い離職率で、長期に確保し続けることが可能なわけです。

 

外国人に指示を出したり仕事を的確に上げさせるのは、コミュニケーションが難しそうだと思う方もいるかもしれませんが、それは杞憂です。パソコンに向き合ってずっとデータやプログラムを作成するような開発系の仕事では、「何をすべきか」という共通の理解ができてしまえば、アウトプットされるものは、まさに「ほしかったもの」となります。コミュニケーションは、次第にパターン化されていきますから、意志の疎通ができずに途方に暮れるようなことは、まずありません。

 

事実、オフショア開発を導入した結果、国籍の違い、日本語能力、時差や距離の問題は大した問題ではなかったことがわかったという声は、私の会社の顧客企業からもよく聞かれます。

テレワークの導入がポスト・コロナ時代の命運を握る

一般論として、リモート環境でチームワークを発揮し業績を上げるという働き方は、今後、ますます普及していく流れが生まれています。

 

政府の「働き方改革」の呼びかけによってか、5G通信などのテクノロジーの進歩によってか、あるいは新型コロナウイルスの世界的流行のような災厄によってか、とにかく働く人々が空間的な制約を受けず、どこにいても働くことができるという社会は、やがて当たり前になっていくのではないでしょうか。

 

過去を振り返れば、電子メールの普及により、電話によって相手の時間を拘束する機会が大幅に減りました。業務連絡のかなりの部分がメールに代替されることによって実現した効率化の恩恵は、ビジネスパーソンならば誰もが受けているところです。

 

同じように、相手の働く場所(空間)を拘束しないことにより、新たな効率化が実現することは、大いに考えられます。移動にかかる時間、費用、エネルギーが節約されることで生まれる事業への経済効果は、また未知数ではありますが、その値はプラスになりこそすれ、マイナスになることはないでしょう。

 

人材不足に悩む製造業者は、誰でもよいから技術者がほしいわけではありません。求める人材には、「その仕事ができる人」であり、なおかつ「その金額で働いてくれる人」という条件が必ずつきまといます。さらに、これまでの常識では、「この会社に来られる人」、つまり特定の国の特定の地方の特定の企業に通勤できる人である必要がありました。しかし、これほどの条件が重なってしまえば、該当するスキル・経験を持った技術者の採用が相当に困難であることは当然といえば当然です。

 

では、仕事内容、金額、場所についての条件を変え、「(その金額で)その仕事のできる人」に「その人がいる場所」で働いてもらうという発想にしたらどうでしょうか。

 

私の会社で実践したオフショア開発のヴァリエーションの一つに、たった一人のエンジニア(その仕事ができる人)のためにわざわざベトナムのダナンにプライベート・オフィスを設け、神奈川―ホーチミン―ダナンという3拠点間での展開を(現在進行形で)行っている例があります。

 

求める人材を逃さないために、エンジニアが空間的な拘束を受けない働き方を実現する。そういう形で業績を上げる方法をいち早く学び始めた企業が登場しているのです。

 

AIの進歩によって、コミュニケーションにおける言葉の壁も、どんどん取り払われつつあります。機械翻訳といえば、かつてはひどいものでしたが、近年、一気に急速な発展を遂げ、翻訳ソフトの性能は飛躍的に向上しました。母国語が異なる人と働くことのハードルは、距離のみならず、言語においても、ますます低くなりつつあるのです。

 

そこで、これまで誰もが当然だと考えてきた仕事に関する前提は、次のようにシフトすることになります。

 

●同じときに同じ場所にいて同じ言葉を話す人でないと仕事ができない。

●同じときに別の場所にいて別の言語を話す人であっても仕事ができる。

 

すると、「その金額でその仕事ができる人」と出会う確率は、格段に高くなります。「同じ場所に集まって働くのではない」ことによる管理をいかにするかという新しい課題は生まれるものの、住所にこだわらず優秀な技術者をできるだけ低いコストで運用できるメリットは測り知れません。

 

WHOが新型コロナウイルス世界的流行を認めるなか、急に推奨され出したテレワークによって、私たちは離れて働く練習の機会を得ることとなりました。初めは戸惑いもあったでしょうが、慣れてみると「意外とうまくいくものだ」と実感した人は、かなり多かったと思います。このように離れて働くのが当たり前な社会はやがて国境を越えて、よりいっそうグローバルな展開になっていくでしょう。

 

変化の波は一気に押し寄せるに違いありません。そんななかで、これまでと違うやり方に柔軟に適応できるかどうか。私たちが今立っている場所は、企業のこれからの成長を左右する、極めて重要な分岐点だといえます。

 

と、こうした現状からも、遠隔地の人材を上手に活用する術を磨いておくことは、特に製造業者にとっては生き残りと成長にために重要な鍵になり得るのでは、と思われます。

 

もちろん、オフショア開発体制を導入すれば人材不足の悩みのすべてが解消される、というわけではありません。どんな手段であろうと、完璧な解決をもたらすことは不可能ですから、これは当然のことといえるでしょう。

 

しかしオフショア開発の強みや活用のコツ、必要な準備と対応をよく知っておけば、人材不足と現場の疲弊はかなりの部分で軽減されることは間違いありません。

 

 

吉山 慎二
株式会社アールテクノ 代表取締役

ゼロからわかるオフショア開発入門

ゼロからわかるオフショア開発入門

吉山 慎二

幻冬舎メディアコンサルティング

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