誰でも一度は経験するであろう相続。しかし、「争続」の言葉が表すように、相続に関連したトラブルは尽きない。なかには、生前の対策によっては避けられたであろうトラブルも多く、相続を見越した行動が求められる。本記事では、法律事務所に寄せられた相続事例を紹介する。

「疎遠な関係」が続いていた依頼者と弟

依頼者(長女)のお母様が亡くなり、その相続について、依頼者と弟さん(長男)の2人が話をする必要がありました。しかし依頼者と弟さんにはほとんど行き来がなかった上に、弟さんが昔ながらの考えの持ち主で、うまく話ができない状況でした。弟さんの考えは、「長男が家のことをすべて行い、財産もすべて長男が相続する」というものです。

 

昔は、民法上もいわゆる家督相続の規定が置かれていましたし、現在でも事実上長男にすべてを委ねるという風習は残っていると思います。しかしながら、現行民法では採用されていない考え方であり、当然のことながら裁判所も採用しません。

 

依頼者の弟さんは、未婚で、ずっとお母様と一緒に生活していました。お母様の日記を見ても、一人息子のことを心配している様子が伺われました。おそらく生前のお母様が、弟さんに対して直接気持ちを伝えた部分もあったかとは思います。

 

依頼者としても、弟さんの気持ちをできる限り尊重したいという思いはありました。とはいえ、お母様の遺産の全部を弟さんがもっていくという結論はあまりに不合理ですし、仮に裁判官の判断に任せるとすれば特段の事情がない限りバッサリと半分ずつになるのが濃厚です。しかも本件でのお母様の遺産は相当に多額で、容易に譲ることはできませんでした。

 

遺産は多額で、容易に譲ることはできない…
遺産は多額で、容易に譲ることはできない…

なかなか話を聞いてくれない弟…

しかし弟さんは、何度そのように説明をしても、ご自身の考え方に固執して、なかなか話が前に進んでいきません。弟さんの性格的になのかはわかりませんが、なかなか人の話を聞いてくれないところが多く、このまま裁判外での話し合いをしていても埒が明かないと判断して、遺産分割調停を申し立てることとしました。

 

当方としては、先にも述べたとおり、ある程度弟さんの思いを尊重したいと考えていました。そのため、形式的に相続分で割り付けるという結末は、むしろあまり望んでいませんでした。金額の面なのかそれ以外なのかはわかりませんが、弟さんが不満なことを解きほぐした上での解決を図りたいと考えていたのです。

 

そういった意味で調停という手続はある種うってつけです。裁判や審判よりも柔軟ですし、時間をかけてじっくりと取り組むということに向いています。特に、気持ちの面でこんがらがってしまっている離婚や相続などの案件では、まずその気持ちを吐き出させてからまった糸を少しずつほぐしていかなければいけません。

 

そのためには、辛抱強く話を聞く必要があります。当事者やその代理人だけでは限界がありますし、証拠の有無で割り切るというわけにもいきません。最終的に合意が得られなければ手続が維持できないという欠点はあるものの、調停手続には大きなメリットがあると個人的には思います。また、そもそも一旦調停手続を経由しなければ審判手続に移行できないという制度上の問題もありました。

 

本件では、結局2回目の調停で合意が得られて調停成立となりました。調停委員の先生方にはご迷惑をおかけしたようですが(弟さんはとても分厚い資料を自作してこられ、自身の考えを涙ながらに力説されたようです)。最終的には相続分に応じた分配になってしまうこと、それならば早期に多少の妥協をしたほうが良いということを理解されたようで、比較的早期の解決となりました。

 

弟さんは代理人を付けずにご自身で対応しておられ、調停が成立したあとに少しお話をしました。心から納得はしていない様子でしたが、ある程度ご自身の思いを話すことができてすっきりしたように見受けられました。調停手続に対して期待していたことが得られ、また、早期の解決も実現できたので、今回の事案の処理としては成功したといえるのではないかと思います。  

 

本連載は、「弁護士法人 あい湖法律事務所」掲載の記事を転載・再編集したものです。

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