売主の不安につけこむ業者間の「出来レース」

次の事例は、売却する人の知らない間で、不動産会社同士で出来レースになっていたケースである。

都内23区内の物件で、しばらく賃貸に出していたものの退去したタイミングに合わせて売却を決めたものだった。賃借人は10年以上住んでいたそうで、退去した部屋の状況はボロボロだった。売ることを決めた所有者は当然お金をかけて内装を綺麗にする必要はないと考え、買った人がリフォームするだろうとそのままで売りに出した。

依頼を受けた不動産会社の査定金額は3,000万円。しかし、不動産会社の担当者は直感的にこう考えたようだ。「この汚い内装を見て、買いたいと思う人はいないだろう。そのうち値段を下げさせて、不動産会社に買取り(下取り)させた方がいいな」

その後その担当者は、すぐに数社の買取り業者に相談した。買取会社ごとに多少の差はあるものの、買取り希望額は概ね2,000万円〜2,200万円である。裏側ではこうして既に買取り業者との値踏みが行われていることを知らない所有者は、ただ不動産会社、担当者を信頼して待つのみだ。

1ヵ月ほどして売出し依頼者が受けた報告は「何件か内覧にはきていますが、いかんせん内装が汚すぎて気に入ってもらえません。リフォーム費用も高額になるので、少し値下げしませんか?」というものだった。

こうして、少しずつ値下げ始めた頃を見計らって、「もう少し下げれば買い取ってくれる会社がありますよ」。その担当者からこう切り出され、結果的に2,200万円で売却となった。その差は800万円だ。

後日談だが、その物件は不動産会社に買い取られ、綺麗にリフォームされたのち3,600万円で売りに出され、すぐに売れたようである。

「内装が汚れて売りづらそう」という売主の不安に付け込み、リフォームイメージの提供などの工夫もせずに、最初からストーリーができていたという残念な事例だ。少しでも高く売るための「販売戦略」も行わずに、うまくまとめてしまうという事例も、まだ数多く起きているのが実態である。

日下部 理絵
マンショントレンド評論家、住宅ジャーナリスト

高橋 正典
不動産コンサルタント

畑中 学
不動産コンサルタント、武蔵野不動産相談室株式会社代表取締役