(写真はイメージです/PIXTA)

日本において成年後見制度は、認知症、知的障害その他の精神上の障害により判断能力が不十分な人の権利擁護を支える重要な手段として位置付けられており、身上保護と財産管理の支援によって、本人の地域生活を支える役割を果たすことが期待されています。成年後見制度のような権利擁護支援、意思決定支援のための制度は、諸外国の多くにも存在しますが、国によってその理念や内容は様々であり、それらは日本と異なることも少なくありません。そこでニッセイ基礎研究所の坂田紘野氏が、英国、米国、ドイツにおける権利擁護支援、意思決定支援制度について解説していきます。

4―ドイツ

ドイツの意思決定支援に関しては、ドイツ民法内のいわゆる世話法に規定されている。世話法の下では、法定後見制度として後見・保佐・補助の3類型が存在する日本とは異なり、「法的世話(Rechtliche Betreuung)」というただ一つの類型による意思決定支援がなされる。

 

ドイツでは、世話裁判所が、日本の成年後見人等にあたる法的世話人(以下、世話人)を成年者(=本人)による申立てまたは職権により選任する。親族等による申立ては認められていない。また、世話人の選任がなされるのは、本人が、自己の事務の全部又は一部を法的に処理することができず、かつ、それが疾病又は障害を理由とするときと定められている。なお、本人の自由意思に反して世話人を選任することはできない。

 

「誰を」世話人として選任するかという点について、世話法は、成年者に世話人となるものについて希望があるときは、原則、その希望に応じるものとする、との旨を定める。すなわち、原則、本人が希望する人が世話人に選任される。本人から希望が提案されなかったり、希望された者が適任でなかったりした場合、世話裁判所によって適切な世話人が選任される。その際には、(1)親族、(2)名誉職世話人*9、(3)職業世話人、(4)世話社団、(5)世話官庁、の順で世話人にふさわしいか否かの検討がなされる。

 

法的世話の基本原則としては、主に、(1)必要性の原則、(2)補充性の原則、の二点が挙げられる。

 

必要性の原則から、世話人の職務の範囲は、世話裁判所が個別に命じた職務範囲に限られる。世話裁判所は職務事項を、世話人がそれを法的に実施する必要がある場合に限り、命じることができる。そのため、世話人に設定される権限の内容はそれぞれ異なる。

 

また、補充性の原則から、任意代理人やその他の支援によって処理することができる事務に対応するためという理由では、世話人を選任することはできない。すなわち、世話人の選任は、他に取り得る手段がない場合にのみ行われるべきであり、必要最小限であるべきとされている。

 

さらに、意思決定の「代理」よりも「支援」を優先する点も法的世話の特徴の一つだ。確かに、ドイツでも世話人による代理権は一定程度認められている。しかし、この代理権は必要な限りにのみ行使可能であるように規定されており、日本のような包括的な代理権が与えられているわけではない。なお、代理権を認める範囲は、事例ごとに世話裁判所が判断する。加えて、2023年1月より施行された改正ドイツ民法においては、原則として、世話人は可能な範囲で本人が希望通りに生活できるように事務を遂行しなければならず、そのために世話人は本人の希望を確認しなければならない旨が明記された。

 

そもそも、ドイツでは世話人が選任されたからといって、本人の行為能力に必ず制限が設けられるわけではない。ただし、本人の身上または財産に対する重大な危険を回避するために必要である限りにおいて、世話裁判所は本人による意思表示に世話人の同意を要する同意の留保を付すことができる。その上、ドイツでは、法的世話や同意の留保の終了及び制限について予め期間が定められている。裁判所は法的世話の終了または同意の留保について、法的世話または同意権の留保が命じられた後遅くとも7年以内には決定しなければならない。言い換えると、少なくとも7年に一度は法的世話が必要か否かについての検討が改めてなされている。もっとも、世話裁判所による改めての決定を経て、その期間を延長(更新)することは可能だ。

 

なお、ドイツにおける「任意後見」は、主にドイツ民法上の一般的な任意代理権を用いる形で実施される。世話法には、例外的なケースを除き、任意代理人によって処理することができる事務は世話人の選任が必要な場合にあたらないと示されており、任意代理に期待される役割は大きいと考えられる。

 

*9:原則として無報酬のボランティアである世話人を指す。

5―おわりに

ここまで述べた通り、判断能力が不十分な方の意思決定を支えるための制度は国ごとに大きく異なる。だが、本人の残存能力を活用し、可能な限り本人の自己決定を尊重しようとする方向で制度の整備が進められてきた点は、今回取り上げた国に共通している。

 

現在、日本でも、将来的な成年後見制度の見直しも視野に入れた検討が実施されている。具体的には、公益社団法人商事法務研究会が主催する「成年後見制度の在り方に関する研究会」において、法務省や厚生労働省、最高裁判所も参加した上で、成年後見制度(法定後見制度・任意後見制度)の見直しも視野に入れた議論を展開している(図表2)。主な論点の中には、本稿にて紹介した海外のケースが参考になるだろう項目も含まれているように思われる。

 

【図表2】
【図表2】

 

超高齢社会が進展する中で、日本においても成年後見制度の潜在的な利用想定者はますます増加していくだろう。海外の制度の理念や現状も考慮しつつ、よりよい成年後見制度へと一層の見直しが実施されることが期待される。

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    ※本記事記載のデータは各種の情報源からニッセイ基礎研究所が入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本記事は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
    ※本記事は、ニッセイ基礎研究所が2023年3月16日に公開したレポートを転載したものです。

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