(※写真はイメージです/PIXTA)

2022年、テスラがトヨタの純利益を逆転したことで自動車業界に衝撃が走りました。業界内で酷評を受け、赤字が続き、倒産の噂まで出ていた時期もあったテスラが急速に成長した背景には、稀代の起業家イーロン・マスクが抱く壮大な未来計画があります。みていきましょう。

 

テスラが考える自動運転時代の車内体験

前述したように、テスラはいち早く無線通信で車に搭載するソフトウエアを更新し、走行性能などを向上させる「OTA(Over The Air)」の採用を始めた。そのためテスラ車は「走るスマートフォン」と表現されることがある。今では当たり前になった自動車のOTA採用だが、多くの自動車メーカーが本格的に導入を始めたのは19年ごろである。OTAでは車載システム、インフォテインメント、自動運転機能などソフトウエアで制御される機能が更新可能である。

 

イーロン・マスクは「ソフト更新で最終的に完全自動運転が可能になる」と宣言し、21年7月には米国でフル・セルフ・ドライビング機能のベータ版(ただし、まだドライバーの介入は必要)を月額199ドルで利用できるOTAの定額課金サービスの提供を始めた。

 

テスラのモビリティにおける競争優位性について考える(図表2)。

 

出所/シリコンバレーD-Lab第4弾リポートを改編
[図表2]テスラ版の自動車業界変革のプロセス 出所:シリコンバレーD-Lab第4弾リポートを改編

 

シリコンバレーD-Labでは、ライドシェアが普及した当初、ウーバーのようにデジタル上で顧客接点を握るプレーヤーこそが将来競争優位を確立するものと考えていた。その考えは依然として持っているものの、20年間かけて着実にモビリティ業界で新たな地位を確立し、脱炭素の潮流に乗るテスラはさらなる可能性を感じさせる。

 

特に、顧客起点の発想でハードウエアとソフトウエアの両面でアップデートし続け、提供後の製品すら進化させられるポジションにあることを考慮すると、テスラこそが真の脅威であるように感じる。

 

顧客の乗車体験のデザインに加えて、テスラはオーナーが保有する車をロボタクシーなどのシェアリングビジネスに活用し、そこから利益を得られるという新しい顧客体験を生み出す可能性がある。

 

自動運転機能を搭載した車の開発には膨大なコストがかかることも想定されているが、テスラの場合は自動車メーカーとして顧客であるオーナーを巻き込むことで「コストゼロ」で自動運転のライドシェアネットワークを構築しようとしている。

 

テスラは、自動運転後の世界を前提として体験を設計しているようにも思える。従前からEVの充電待ち時間や自動運転中の時間を有効に活用できるようにコンテンツおよびエンターテインメントを楽しむための機能の充実にもこだわってきた。

 

イーロン・マスクは最近、「自動車が自分で運転するようになれば、エンターテインメントが重要になる」との考えを示している。コンテンツの充実に関してテスラは、ビデオゲームを車載エンターテインメントシステムに統合するために多額の投資を行っている。「Tesla Arcade(テスラアーケード)」というビデオゲームプラットフォームを構築し、ゲームスタジオと協力して人気タイトルを車の中でも楽しめるように移植を進めてきた。

 

テスラ自身がゲームを開発することもささやかれる中、22年のはじめには、インディーズタイトルから『Counter Strike(カウンターストライク)』のような大ヒットゲームまで5万本以上のゲームを扱う巨大プラットフォーム「Steam(スチーム)」との統合を発表した。カウンターストライクは、対テロ特殊部隊とテロリストとの戦いをテーマにしたオンライン対戦ゲームであり、1999年6月にベータ版がリリースされて以降アップデートを続け、世界でもっとも多く遊ばれているゲームタイトルの一つである。

 

これによりテスラは自身でゲームを作る方向性より、他のゲーム会社と連携しながら車内エンターテインメントのプラットフォーマーとしての立ち位置を固めていく方針であるとの観測が流れている(※2)。

 

以上のようなオンラインゲームはデータ処理量が多くなるため、快適に楽しむためにはハードの充実も必要不可欠である。その点、すでにテスラ車はかなり高性能なゲームを楽しめる仕様になっている。

 

例えば、新型のデザインリフレッシュされた「モデル3」と「モデルY」には、半導体メーカーのAMDのCPUに加えて生産開始時から10テラフロップス(コンピューターの処理性能を表す単位で、1秒間に実行できる浮動小数点演算の回数を1兆回単位で表したもの)のゲームパワーを持つ新しいGPU(画像処理半導体)が搭載された。

 

これにより、最新のゲーム機に匹敵するグラフィック能力を車が持つこととなり、テスラアーケードを介してワイヤレスコントローラーで、どの席からでもゲームを楽しめる車内環境を提供できるようになった。

 

21年12月になると、さらにテスラはAMDのアップグレードされた加速処理ユニット(AMDAPU)の搭載を開始した。これはインフォテインメントシステムの通常動作、すなわち地図、車両表示のレンダリング、オートパイロット画面のレンダリング、カメラ表示、音楽、ブラウザー、YouTubeなどの動画アプリ、ビデオゲーム、その他タッチスクリーン機能などを動かす役割を担っている。

 

顧客のレビューによると、グラフィックのスムーズな表示やレスポンスなど最新機でのエンターテインメント体験は格段に向上しているとのことだ(※3)。重要なポイントは、完全自動運転を見据えて車内での体験をより良いものにするために、ハードウエア、ソフトウエア、コンテンツを組み合わせて体験をデザインしていることである。

 

(※2)Fred Lambert, Tesla delays Steam integration but still plans full video game library in its electric vehicles,electrek,Sep 14 2022

 

(※3)Iqtidar Ali, Tesla Processor Showdown: Old Intel Atom GPU Vs. New AMD Ryzen APU,CleanTechnica, May 26, 2022

 

【参考文献】

Fred Lambert(2022), Tesla delays Steam integration but still plans full video game library in its electric vehicles,electrek,Sep 14 2022


Iqtidar Ali(2022), Tesla Processor Showdown: Old Intel Atom GPU Vs. New AMD Ryzen APU,CleanTechnica,May 26, 2022


Junko Movellan(2016) , 米ソーラーシティ、住宅太陽光でシェア低下、テスラと組み、巻き返し?, 日経XTech,2016年11月28日


SiobhanPowellなど(2021), Scalable probabilistic estimates of electric vehicle charging given observed driver behavior,Stanford University,10 December 2021


Eva Fox(2021),Electricity from Tesla Will Be Available in Germany no Later than 2022, According to Report,Tesmanian,September 13, 2021

 

 

木村 将之

デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社

シリコンバレー事務所パートナー、取締役COO

 

森 俊彦

パナソニック ホールディングス株式会社

モビリティ事業戦略室 部長

 

下田 裕和

経済産業省

生物化学産業課(バイオ課)課長

 

 

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※本連載は、木村将之氏、森俊彦氏、下田裕和氏の共著『モビリティX シリコンバレーで見えた2030年の自動車産業 DX、SXの誤解と本質』(日経BP)より一部を抜粋・再編集したものです。

モビリティX シリコンバレーで見えた2030年の自動車産業 DX、SXの誤解と本質

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木村 将之、森 俊彦、下田 裕和

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