(※写真はイメージです/PIXTA)

長年にわたり社会問題化している「引きこもり」。内閣府の推計によると、2019年の段階でおよそ61.3万人、年齢層に大きな偏りはないという。個人の問題・家庭内の問題としてとらえられがちだが、近年の相続の現場では、中高年化した彼らの死が、家族以外の人々を困惑させるケースが増えているという。多くの相続問題を解決してきたベテラン司法書士の近藤崇氏が解説する。

「相続財産の清算人の選任申立」までの遠すぎる道のり

相続人がいないからといって、亡くなった人の財産が自動的に国(国庫)に帰属することはなく、今回のような場合、相続財産の清算人の選任申立を誰かがおこなうしかない。しかし、この手続きはとにかく時間と手間がかかる。

 

①相続財産の清算人の選任申立(民法952条1項)

※ 申立人は利害関係人(被相続人の債権者、特定遺贈を受けた者、特別縁故者など)または検察官

②相続財産管理人選任の公告(民法952条2項)

公告期間は2ヵ月。

③相続債権者及び受遺者に対する請求申出の公告(民法957条1項)

前記公告の官報掲載日から2ヵ月を経過しても相続人が現れない場合、相続財産管理人は、2ヵ月以上の期間を定めて、相続債権者及び受遺者に対する請求申出の公告をする。

④相続人捜索の公告(民法958条)

家庭裁判所は、6ヵ月以上の期間を定めて相続人の捜索の公告をおこなう。

⑤特別縁故者への財産分与の申立

財産分与を求める者から被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に申立をする。この申立は、上記相続人捜索の公告(民法958条)の期間満了の翌日から3ヵ月以内。

⑥家庭裁判所の審判

家庭裁判所が、特別縁故者の申立て内容などを総合的に勘案し、審判する。

 

上記でもわかる通り、官報の公告などの期間も含め、そもそも申立てから相続財産の帰属が決まるまでに、最低でも「1年半」程度の期間がかかる。

 

また、①の相続財産管理人選任の申立の際、裁判所が選任する相続財産管理人の費用を申立人が予納する必要があり、この費用である50万~100万円程度の金銭を立て替えなければならない点もネックだ(被相続人に明らかに銀行預金などの預金がある場合、それを充当する旨の上申も可能なようだ)。

 

今回のケースでは、母親の親族と亡くなった方との間に、そもそもの交流や援助がほぼ無いため、⑤や⑥の特別縁故者として認められるのは相当にハードルが高いと思われる。申し立てたとしても、申し立ての費用と葬儀代程度が支払われるだけではないだろうか。

めんどうくさいから諦める。葬儀代もすべて諦める

今回の親族の下した決断は次のようなものだ。

 

「市の健康福祉課の職員に聞いたが、『私たちも財産のことはよくわからないし、よくわからないなら放っておけばいい。火葬と遺骨の引き取りだけやってくれれば市としてはいい』といわれた」

 

「後のことに関わりたくないし、めんどうくさいから諦める。葬儀代もすべて諦める。仕方ない」

 

主がいなくなった家は半年が経過し、庭木などが伸び放題になっている。明らかに異様な様相のため、高級住宅街の近隣住民からはいずれ苦情がでるのだろう。だが近隣の方が、いくら迷惑に感じでも、他人の財産につき、上記のような面倒な手続きを取るとは思えない。

 

自宅の不動産については、すでに銀行ローンが返済されており、借り入れもない以上、金融機関が申立をすることもない。考えられるとすると、税滞納による行政による申し立てがありえるのだろうが、固定資産税もいまは亡き父親の銀行口座から引き落としが続いている。このため、税滞納による差押えも当分の間はないだろう。

 

亡き父親の預貯金も潤沢にあるため、暫くはこれもないだろう。そもそも誰が前記の①である相続財産管理人を申し立てるのだろうか。申立人は利害関係人(被相続人の債権者、特定遺贈を受けた者、特別縁故者など)などだが、このような人たちは今回のケースでは存在しなさそうだ。

 

一見すると、誰も損も得もしていないようにも思える。強いていえば、損をしたのは100万円弱の葬儀代を負担した親族だろうか。

 

しかし、高級住宅街にポツンと残された手入れのされていないかつての豪邸。その経緯は、近隣の方々は当然にご存じだ。近隣に住む方たちにすると、どうしても前向きにとらえることは難しいだろう。今後、空き家のままいつまで残るかわからず、防犯や火災などの不安が付きまとう。

 

解決策があったとするならば、一人息子が遺言を残すことだが、ひきこもりだった一人息子に遺言を残すような精神的な余裕があったとも思えず、これを求めるのはあまりに酷だ。

 

孤独死や子どもいない方への解決策として、遺言の作成を勧める立場の筆者でも、このケースでは、生前にお会いできたとして遺言書の作成まで至ったとは到底思えない。

 

いわゆる政府調査で認定された引きこもりの数で61万人以上の方がおり、そのすべての方の死とともに、いずれは民法上の相続が発生する。その財産は多い方、少ない方、様々だろう。しかし引きこもりの方は、引きこもれる家があることが前提で、それは親の持ち家であることも多いと推察される。この記事をご覧の方の近隣でも、こうした事案がいつ発生してもおかしくないのかもしれない。

 

 

近藤 崇
司法書士法人近藤事務所 代表司法書士

 

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