近年、長引くコロナ禍によって働く社員の健康問題に注目が集まっています。労働人口が急速に減少している日本では心身の不調で休職者・離職者が出てしまうと生産性が落ちる上にその労働力を補うのも容易ではありません。ところがそんな「健康経営」のあり方に産業医は疑問を感じるといいます。そもそも「健康経営」とは何なのか。産業医の富田崇由氏がコストゼロからできる健康経営について解説します。

 

従業員の健康を守るはずの健康経営だが

私は働く人の健康を守る産業医です。産業医といっても、実際には何をしている人なのかなかなか一般の人には認識されていないかもしれません。

 

産業医とは医学的な知見から助言や指導を行い、働く人の心身の安全を守り、健康保持・増進をサポートする医師です。企業のなかで専業として勤務している産業医もいれば、病院やクリニックの医師として働きながら産業医の活動をしている医師もいます。私自身も産業医としての事業を行いながら訪問診療も行っています。

 

企業の人たちとお話をしていると、ときどき私のことをコンサルタントか何かと思われていて医師だと気づいてもらえないこともあります。常に白衣を着ていかにも医者然とした振る舞いをすればいいのかもしれませんが、それでは働く人たちの本音や職場が抱える問題の本質に迫ることはできません。私は職場をより良くする仲間の一人でありたいという気持ちもあり、今も試行錯誤をしながら働く人の心身の健康のために活動をしています。

 

そんな私がなぜ健康経営に違和感を覚えるのか、不思議に思われた人もいるかもしれません。働く人の健康を考える産業医であれば健康経営は歓迎すべき動きのはずです。

 

しかしよく考えてみると、採用や人材確保のための健康経営というのは従業員のためというより、経営者側の視点からの戦略です。これが間違った方向に行ってしまうと、企業が生産性の高い人=健康で長く働ける人を選別することにもつながりかねません。そうなるとたばこを吸う人や血圧が高い人は不採用やリストラの対象になり、学生が企業に就職するときには健康証明書を提出しなければならないなど、従業員の健康がおかしな方向に利用されてしまいます。

 

私は人材獲得や企業の発展のために従業員の健康を管理するというのは、順序が違うように思います。その会社で働くすべての従業員が健康に働けることで、結果的に売上や生産性が上がるというのが本来のあるべき姿のはずです。

 

働く人の健康を守る業務全般を「産業保健」といいますが、産業保健の教科書には職場の健康とは「職場において労働者が健康で安心して働けること」とあります。従業員一人ひとりが心身ともに健やかに働き続けることができる、病気をもつ人や障害のある人も含めて誰もが安心して働ける、そういう職場にしていくことが真の意味での健康な職場づくりであり健康経営です。

 

これは大手企業や一部の先進的な会社が取り組めばいいような特別なことではありません。企業の事業規模や従業員数、そのときの業績などにかかわらず、すべての職場に必要な当たり前のことです。

 

次ページ企業間の健康格差…産業保健に関する法律

※本連載は、富田崇由氏の著書『コストゼロで作る小さな会社の健康な職場』(幻冬舎MC)より一部を抜粋・再編集したものです。

コストゼロでつくる小さな会社の健康な職場

コストゼロでつくる小さな会社の健康な職場

富田 崇由

幻冬舎メディアコンサルティング

働く人の健康問題に注目が集まっていますが、組織として健康増進に取り組んでいる企業は多くありません。 「健康経営」や「従業員の健康づくり」は必ずしも産業医がいなければできないものではなく、小さな会社でもコストを掛…

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