「CRS」にアメリカが加入していない理由
各国間の取り決めは「相互互恵」という原則があります。つまり、お互いにメリットがもたらされることが大原則となります。
先進国間での自動交換は取り決め通り行われている可能性は高い一方で、コンピュータシステム等のインフラが脆弱な新興国では、実際にこれが正しく行われていない可能性が十分あります。また香港ですが、こちらは中国の一部ということで、実際にこの取り決めが守られているか、やや怪しい部分があります。
この取り決めのひとつの注目点は、世界最大の経済規模を持つアメリカが加盟していない、ということです。理由は簡単で、この取り決めを守ったところで、アメリカには大きなメリットがないどころか、マイナスになる可能性が高い、ということです。
一方、アメリカには、「外国口座税務コンプライアンス法(FATCA)」という自国富裕層の脱税を防ぐ取り決めを、世界の国々と結んでいます。
世界中でアメリカの金融機関に口座を持つ人はおそらく最も多く、規模も同様と推測されます。その情報を世界中の国々に自動的に提供するメリットはまったくないどころか、場合によってはアメリカの安全保障にもかかわってくる問題となり得るのです。
アメリカはCRSという自動交換システムには参加していませんが、租税条約を結んでいる国々には、オンデマンドで情報を提供する義務がありますので、これをもってCRS加盟の代わりとしていると憶測されます。
このCRSが始まったことにより一番影響を受けたのは、スイス、シンガポールに口座を持っている資産家・富裕層でした。ちなみに、オーストラリアに口座を持つ日本居住者の情報は、このCRSが始まる以前より、オーストラリアから日本の当局に提供されており、税務署から突然「お尋ね」が来たケースは、すでにあったのです。
HSBCには、かなりの数の日本人の口座があるが…
そんな流れの中で不思議な動きをしていたのが香港です。筆者の知る限りでは香港、とくに香港上海銀行(HSBC)にはかなりの数に及ぶ日本人の口座があるにもかかわらず、これらに税務当局からお尋ねが来た、という話を聞かないのです。
あくまでも想像でしかありませんが、香港が中国の一部であり、中国が米国同様に各国に情報の自動交換するメリットがない点、中国はすでに外貨の資本の持ち出しなどを国民に規制をしているので、わざわざ他国から情報などを収集する必要性が低いからではないかと推察されます。
また米国同様に、中国は今となっては世界第二位の経済力を持つ大国であり、政治的にもそれなりの力を持つために、CRSには加盟をしていても、あまりそれに縛られていないものとも想像できます。
さらには法人やトラストを設立したり、ノミニーを使ってスイスやシンガポールなどに口座を開設したりすることにより、全体の構成を複雑化して守秘性を維持していると憶測しています。
「暗号資産」という新しいアセットクラスが果たす役割
さて、ここまではブロックチェーン技術が普及する前、とくにビットコイン等がそこまで認知されていなかった時代の話です。
富裕層や資産家はプライバシーや資産保全を図って、スイスやシンガポールに口座を持つケースも多かったわけですが、ブロックチェーン技術の普及により、この景色もまた様変わりをしたと想像できます。
いわゆる所得や資産隠しに、これらビットコイン等ブロックチェーン技術を活用した暗号資産がより用いられるようになった、というのが筆者の推測です。先進国における暗号資産の取引所は、原則当局の管理下にあります。しかし実際のところ、海外ではそうではない取引所も多く存在しています。
そういう取引所を利用して法定通貨から暗号資産に両替し、例えばですがUSBメモリなどのウォレットに保存すれば、いつでもコンピュータに差し込んで使うことが可能です。
このように、ビットコインのような暗号資産が資金の大きな受け皿になっている現実は、わざわざ念入りに調べるまでもなく、容易に想像できることです。スイスなどの金融機関が暗号資産に力を入れているのには、こういった事情があるものであろうと想像できます。
このように、世界中の富裕層の資金が、少なからず暗号資産に流れているのです。とくにビットコイン、オルトコインで大儲けをした場合には、例えばですが、日本の暗号資産に対する税制を考えると、この流れに沿って資産管理をすると見るのが自然ではないでしょうか。
このように、世界の国々が必死に資金の流れを管理しようとしている中で、暗号資産という新しいアセットクラスが重要な役割を果たすようになったのです。
その上で例外は米国、ということになります。
世界の超大国である米国にある資産に対して、それ以外の国が確固たる根拠なしに情報を個別に請求する、というのは簡単なことではありません。現実として、国には「序列」が存在します。原則的に敗戦国である日本は、アメリカに対してあれこれと声高に要求できる立場ではないのは、容易に想像できるでしょう。もちろん、悪質な犯罪やテロなどにかかわる場合はこの限りではありません。
このような考察をすることで、世界のファミリーオフィス、ウエルスマネジメント、プライベートバンクでの資産や資金管理の大きな流れを俯瞰することができるのです。
以上
遠坂 淳一
株式会社 ジェイ・ケイ・ウィルトン・インベストメンツ 代表取締役