(※写真はイメージです/PIXTA)

1970年に「生命科学」という分野の創出に関与し、早稲田大学、大阪大学で教鞭をとった理学博士の中村桂子氏。生物を知るには構造や機能を解明するだけでなく、その歴史と関係を調べる必要があるとして「生命誌」という新分野を創りました。そして、「歴史的文脈」「文明との相互関係」も見つめ、科学の枠に収まらない知見で生命を広く総合的に論じてきました。科学者である彼女が、年齢を重ねた今こそ正面から向き合える「人間はどういう生き物か」「人として生きるとは」への答えを、著書『老いを愛づる』(中公新書ラクレ)として発表。自身が敬愛する各界の著名人たちの名言を交えつつ、穏やかに語りかける本書から、現代人の明日へのヒントとなり得る言葉を紹介します。

国語の読解問題に答えるのが一番難しいのは著者自身

黒田先生がすばらしいので、話が終わらなくなりましたが、これと一緒にあげられた私の文の一部を引用しますと、次のようなものです。

 

[引用]

 

これからの科学は、生きものを丸ごと見ようとしており、その先には人間があり、自然がある。科学は特殊な見方をするものではなく日常とつながっていなければならなくなったのである。そして、生命論的世界観には、科学や哲学の歴史の他、日本の自然の中で生まれた日本文化から学ぶことがたくさんある。つまり、今求められているのは、日常と思想とを含む知なのである。

 

科学という日本語に訳したサイエンスは本来「知」を意味する言葉であり、思想も日常も含むものだったのであり、実は今の動きは基本に戻ることになる。もっともこれまでの科学を支えてきたのは主としてヨーロッパの思想と日常であったが、今求められている新しい科学では、日本の自然・文化が重要になると私は考えている。日本の文化には、一度自然を客体化しながらそれを主体と合一化していく知があるからである。

 

原発事故の後、科学の限界、透明性の不足、コミュニケーションの必要性などが指摘されているが、そこでは科学技術に取り込まれ、金融経済に振り回される機械論の中での科学を科学としている。

 

研究者にとって大事なのは、今変化しつつある知に向き合い、新しい知を生み出す挑戦であり、今の科学のあり方を変えることではないだろうか。これは非常に難しい作業であり、すぐに答の見えるものではないが、これを乗り越えてこそ、豊かな自然観・生命観・人間観が生まれ、本当に豊かな社会をつくる科学技術を生み出すことができるはずである。

 

想像力を豊かにして新しい文明を創造すること、これまでも考えてきたことだが、2011年3月11日を境にそれへの挑戦の気持を新たにした。より正確に言うなら若い人たちに挑戦して欲しいという期待が大きくなった。(『小さき生きものたちの国で』青土社)

 

[引用終わり]

 

試験問題は「黒田先生が一番伝えたかったのは『カルチベートされた人間になれ』ということであり、そういう人間はどんな人かを後の文章から探そう」となっています。実は試験問題に答えるのが一番難しいのは著者自身だと言われており、この場合もまさにそうです。

 

お相手は黒田先生であり、それを通して語っているのは作者の太宰治ですから緊張します。試験で○がいただけるかどうかは別として自分の気持ちを書こうと決め、「想像力を豊かにして新しい文明を創造する人」を選びました。

 

文明の創造はとても大きなことで、私のような凡人が一人でできることではありません。でもそれは一人一人の暮らし方からしか生まれないことも確かであり、自分の暮らし方をよく考えることは誰にでもできるのではないでしょうか。

 

そして学校で勉強するのは、それができるようになるためだと、黒田先生はおっしゃっています。私もそう思います。

次ページ著者が思う「勉強」と「戦争」の関係

本連載は、中村桂子氏の著書『老いを愛づる』(中公新書ラクレ)から一部を抜粋し、再構成したものです。

老いを愛づる

老いを愛づる

中村 桂子

中公新書ラクレ

白髪を染めるのをやめてみた。庭掃除もほどほどに。大谷翔平君や藤井聡君にときめく――自然体で暮らせば、年をとるのも悪くない。人間も生きものだから、自然の摂理に素直になろう。ただ気掛かりなのは、環境、感染症、戦争、…

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