(※写真はイメージです/PIXTA)

精神科における「名医」とは、どのような医師なのでしょうか? 早稲田メンタルクリニック院長・益田裕介氏の著書『精神科医の本音』(SBクリエイティブ)より、「名医とダメな医師の違い」を見ていきましょう。一般の人々がイメージする「名医」と、現役精神科医が考える「名医」の意外な差に迫ります。一般人からすると、自分の話を「うんうん」と聞いてくれて、親身に寄り添ってくれる優しい医師が理想的に思えるかもしれませんが…。

世間がイメージする「優しい医師」の問題点

■「患者さんのため」がかえって“患者さんを困らせる結果”になる可能性

「名医」という言葉から多くの人がイメージする医師像の1つが、「赤ひげ先生」ではないでしょうか。赤ひげ先生とは、作家・山本周五郎氏の小説『赤ひげ診療譚』の主人公に由来しています。地域医療に貢献し、患者さんに親身になってくれて、自己犠牲を厭(いと)わないような医師が、この「赤ひげ先生」のイメージでしょう。

 

精神科医療においても、「赤ひげ精神科医」的な先生もたしかに存在します。そして、患者さんに徹底的に寄り添い、時間を割き、あきらめないようとことん励ます…といった治療を行っています。

 

読者のみなさんから誤解されないよう、言葉を選んで慎重に発言すべきですが、その「赤ひげ精神科医」の方々が「名医」なのかと聞かれたら、私には疑問が残ります。

 

本人の健康の問題(疲労困憊〔こんぱい〕し、倒れてしまう)も気になります。そんなことをやっていれば、身体には無理を来します。そのような態度で、長く臨床を続けられるのでしょうか。中には急に体調を壊し、数年おきに診療を休んでしまう先生もいます。その場合、誰より困るのは患者さんです。

 

「共依存」の問題もあります。みなさんの中には「患者さんのために自己犠牲的な働き方をするのは本人の自由だろ」と思う人もいるかもしれません。

 

しかし、医師が患者さんに過度に肩入れをすることは、患者さんの治療という本来の目的から離れ、医師に甘え頼る患者―患者への献身に感謝を求める医師、という共依存の関係を引き起こしかねません。患者さんも医師から優しくされ、特別感を与えられると、治療が進んでも、その場から離れ難くなってしまいます。

 

無償の自己犠牲は到達不可能な理想目標であり、人は必ず何か対価を求めるものです。その対価として、過度な感謝、終わらない治療(患者の自立、別れを妨げる)のようなことにもなりかねません。

 

医療行為は、感謝されることが多く、これは強烈な麻薬ともなりえます。人に満足感を与えたり、承認欲求を満たしてくれたりします。そういう欲望に対し、私たちは常に警戒しておかねばなりません。

 

共依存関係になると、困るのは自立や治癒を妨げられる、患者さんの方なのです。

 

■患者さんが弱音を吐けなくなり、無理をしてしまうリスク

次に、「患者さんに無理をさせすぎていないか」という問題があります。これは延命治療にも似たような行為で、精神科医や家族などの周囲の人たちが過度に励ましたり、支援をしたりすることで、患者さん本人が本来の力以上に頑張り、社会に過剰適応している状態を指します。

 

たとえば、発達障害の患者さんの自立を目指し、「一緒に頑張ろう」と背中を押し続け、無理に会社に採用してもらうとします。本人は職場で苦しかったとしても、周りから支援されているぶん、弱音を吐きにくくなります。結果的に、患者さんが、本人の能力では追いつかない仕事を任され、残業時間が増えたり、仕事を家に持ち帰り、家族に仕事を手伝ってもらったり、精神科医にも心のメンテナンスとして毎週1時間のカウンセリング(という名の励まし)を受けているといったこともあります。傍から見て、「無理に仕事をするよりも、休んだほうがよいのでは」「この人は今は、生活保護を受けながら暮らした方が個人の幸福を得られるのではないか」と思うケースもあります。

 

しかも、その先生が診療してくれている間はいいのですが、診てもらえなくなった瞬間に(同様に、家族がサポートできなくなった瞬間に)うまくいかなくなるというケースも多々あります。

 

ですから、私としては「ここまでは頑張ろう。でも、ここからは無理しないでいいんじゃない?」と患者さんに線を引いてあげることが、医師、特に精神科医の重要な仕事だと思っています。そうでないと、患者さんも、患者さんをケアするご家族や医療関係者も、長い目で見て誰も幸福になれないからです。

 

私自身は、そういう線引きの重要性を常に心に留め、冷静であろうと努めています。

 

ただ、当然ながら、「なぜ精神科医の態度は冷たいのか?」と思う患者さんもいるでしょう。私もたまに「先生は、なんて冷たいんですか!」と言われることがあります。

 

それでも、たとえ目の前の患者さんが泣いているからといって、多くの精神科医は抱きしめたり、手を握ったりはしません。ティッシュをあげたりもしません。ティッシュの箱を取りやすい場所に置いてあげるくらいに留めます。

 

 

特に褒めることもしません。褒めたとしたら、その瞬間だけ患者さんの気分が多少はよくなるかもしれません。でも、家に帰ったら元の自分に戻るだけです。余計に悲しくなることもあるでしょう。「その程度のことで褒められたくない」と思う人もいるでしょう。

 

長い目で見ると、一般の人が考える優しい態度(赤ひげ先生のような態度)はあまりよい治療にはならないと思います。

 

 

益田 裕介

早稲田メンタルクリニック 院長

 

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※本連載は、益田裕介氏の著書『精神科医の本音』(SBクリエイティブ)より一部を抜粋し、再編集したものです。

精神科医の本音

精神科医の本音

益田 裕介

SBクリエイティブ

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