日本を産油国に?角栄が資源エネルギー庁を作った本当の狙い (※写真はイメージです/PIXTA)

中国が尖閣諸島の領有権を主張している理由は明白です。世界最大級の油田が存在する可能性が指摘されてから、中国は一転「魚釣島(尖閣諸島)は自国の領土である」と主張し始めました。そのとき政治家、田中角栄はどう動いたのでしょうか。日本経済新聞記者の前野雅弥氏が著書『田中角栄がいま、首相だったら』(プレジデント社)で解説します。

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角栄が生きていれば油田開発に着手した

■「日中共同開発」は絵に描いた餅である

 

ただ、問題はここからだ。中国はいい。日本側はどう出るか。

 

これだけの油田の可能性がわかっていながら、日本は中国の動きをただ指をくわえて見ているだけなのか。

 

簡単である。日本も石油を掘るべきだ。中国の動きに神経を尖らせている時間があるくらいなら、日本もどんどん試掘すべきなのだ。日本が掘らないでいることは、権利を放棄しているのと同じである。中国の領海侵犯を受け入れているのと同じことなのだ。

 

確かに日本と中国政府との間では、東シナ海は「共同開発」というのが建前だ。しかし、それにとらわれているうちに時間はどんどん過ぎていく。

 

そもそも中国にとっての「共同開発」は、日本がイメージする「共同開発」とはまったく違う。それぞれが東シナ海で別々に油田開発を進めるということだ。2008年5月7日、当時の中国の胡錦濤国家主席と日本の福田康夫首相との共同記者会見でも、「双方の法的立場を損なうことなく、協力すること」など、共同開発のイメージは極めて曖昧だ。

 

日本と中国が共同でひとつのリグ(海底油田などから原油を掘削・生産する櫓・装置)を建てて油田を開発するなど、日本側の一方的なイメージに過ぎない。日本も日中中間線に沿い、中国の反対側で、独自のリグを建てて試掘を進めていけばよいのだ。

 

そこで莫大な油田が見つかれば、日本の財政問題などは一気に解決する。単純に掘り出すだけでも700兆円だ。しかも、それはわかっている分だけでもだ。さらに増える可能性はあるし、付加価値をつけて製品化していけば、さらに金額は膨らむ。しかも油田が見つかる可能性は極めて高い。中国の活発な動きが何よりの証拠だ。日本版ニューディールの絵を描くなら、絵は大きいほうがいい。

 

■資源エネルギー庁設置は田中角栄の発案

 

もし、田中角栄が生きていれば……。尖閣諸島での油田開発に着手しただろう。これだけは確実だ。単なる空想ではない。なぜなら角栄は実際に尖閣諸島問題に関わり、その問題の本質と重要性をよく理解していた可能性が高いからだ。

 

尖閣諸島と東シナ海が日本にどれだけの富と豊かさをもたらすのかを角栄は知っていた。中国が現状のように約束を反故にし、尖閣諸島の油田に手を出してきた以上、「国益」を最優先した角栄なら、日本も油田開発に乗り出したはずなのだ。

 

どういうことか。起点は1972年7月6日、自民党総裁選で角栄が「角福戦争」を制し、第64代内閣総理大臣に就任したときまで遡る。

 

角栄が内閣総理大臣に就任したときの支持率は62%。この支持率の記録は約20年後の1993年に非自民による細川護熙政権が樹立するまで破られることがなかったほどの驚異的な数字だった。角栄はこの高支持率を背景に国を変えようと試みた。

 

「俺は今『今太閤』呼ばれている」。そして「首相に就任した今が政治権力の絶頂期だ。最も支持率が高いときに、最も難しい問題をやる。俺にはやらなければならないことがある」

 

角栄はこの言葉を国会に向かう車の中で、秘書官だった通産官僚・小長啓一に言った。その角栄が言う「最も難しい問題」が日中国交正常化だった。

 

日中国交正常化では当然、領土問題に直面する。このとき、角栄は東シナ海、尖閣諸島の油田問題にぶち当たった。

 

だから当然、角栄は東シナ海に油田があることを知っていた。しかも、それがイラクやサウジアラビアなど中東の大型油田に匹敵する規模になる可能性についても理解していた。

 

事柄の時系列からみても間違いない。国連のECAFEの調査は1968年秋。一方、角栄はこの年の11月に自民党幹事長に復帰し、1971年7月には通産大臣に就任、1972年には総理になっている。

 

ECAFEの調査が行われたとき、角栄はまさに自民党の要職にあり政権の中枢にいた。ECAFEの調査の詳細な内容を把握しうる立場にあったし、当然目を通していた。何よりも角栄はエネルギー問題に特別に関心を持っていた。その意味でも日本でトップレベルの政治家だった。

 

資源エネルギー庁の発足は、そのひとつの証左と言える。同庁の発足は1973年7月。第一次石油危機を契機に、当時の通商産業省の鉱山石炭局と公益事業局を統合する形で設置された。資源エネルギー庁発足のとき、角栄はすでに総理の座にあったが、同庁発足のため「周到に路線を敷いたのが田中さんだった」と小長は証言する。

 

前野 雅弥
日本経済新聞記者

 

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    ジャーナリスト

    1934年、滋賀県彦根市生まれ。早稲田大学文学部卒業。岩波映画製作所、テレビ東京での勤務を経て1977年フリーのジャーナリストに。テレビ朝日系『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。政治・経済・メディア・コンピュータなど、時代の最先端の問題をとらえ、活字と放送の両メディアにわたり精力的な評論活動を続けている。著書に『日本の戦争』(小学館)、『塀の上を走れ 田原総一朗自伝』『大宰相 田中角栄 ロッキード裁判は無罪だった』(講談社)など多数。近著に『田中角栄がいま、首相だったら』(プレジデント社)がある。

    著者紹介

    日本経済新聞記者

    京都府出身。1991年早稲田大学大学院政治学研究科修了、日本経済新聞社入社。東京経済部で財務省、総務省などを担当。金融、エレクトロニクスの取材を経て、産業部エネルギー記者クラブ時代は石油業界の再編、アラビア石油の権益問題などを取材した。著書に『田中角栄のふろしき 首相秘書官の証言』『ビール「営業王」社長たちの戦い 4人の奇しき軌跡』(日本経済新聞出版社)、『負債650億円から蘇った男 アジア不動産で大逆転「クリードの奇跡」』(プレジデント社)。近著に『田中角栄がいま、首相だったら』(プレジデント社)がある。

    著者紹介

    連載令和の時代に田中角栄首相だったら?新「田中角栄論」

    本連載は田原総一朗氏、前野雅弥氏の著書『田中角栄がいま、首相だったら』(プレジデント社)より一部を抜粋し、再編集したものです。

    田中角栄がいま、首相だったら

    田中角栄がいま、首相だったら

    田原 総一朗 前野 雅弥

    プレジデント社

    2022年は、田中角栄内閣が発足してからちょうど50年にあたる。田中角栄といえば、「ロッキード事件」「闇将軍」といった金権政治家のイメージが強いが、その一方、議員立法で33もの法案を成立させたり、「日本列島改造論」に代…

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