不治の病、ALSに罹り余命1年未満となった妻。つきつけられた現実に抗いつづけるなかで見えてきた本当に大切なものとは。妻の死を期してもなおつむぎ続けられる夫婦の闘病記。

 

当然、医師の許しを得ていた。全ては私達を感動の旅に誘うために、療法士三人の秘密として事が運ばれていたことを後で知った。

 

花冷えというのか、春先特有の雨と風で全国的に天候が荒れていた。そのせいで病院の裏手から駐車場のアスファルトの水溜まりに、花びらが吹き寄せられていた。あえて遠回りをして病院の玄関に着くことにより、花の終わりと時間の経過を改めて感じた。

 

夜にいつも病院から帰る頃、裏口の薄暗さから孤独の静かさを感じ取っていた。そんな周りの景色を見失いかけていた私の心を、一瞬にして明るく解放してくれた桜、今自分の存在している確かな位置に見当がつくようになった。自然と人とが繋がり、多くの事を知らしめようとしてくれた療法士の心が、春風と共に深く心にとどまった。

 

中国から毎年季節風に乗ってくる黄砂が、久しぶりに風雨でかなたに飛び去り、打って変わって青空と白い雲が駐車場の空に広がっていた。『枯れるんじゃないぞ。少なくとも私達が、この世に生きている間は……』車から降りた私は、桜の木に音声にならない声をかけた。

神から与えられた役目

先日の出来事があって、自分の中に変化が感じられた。何のために生まれてきて、これから何をしたらいいのか、誰もが自問自答する青年期がある。

 

その答えが出ていないことさえ忘れていたのに、ふいに思い出した。結婚して歳を取ると、互いの介護のことが頭に浮かぶ。漠然と京子が私の介護をしてくれると決めつけていた節があった。女性の方が長寿だからだ。

 

ところが今の現実は? そのことを暫く考えていると結論が出たように思った。

 

『そうか、そういうことだったのか』

 

結婚した当時、思いつきもしなかった答えが五十年をかけて出た瞬間だった。

 

京子という一人の人間の介護をしながら、寄り添って生きること。

 

それが、神から与えられた私の役目だったのか。それなら将来、自問自答することがあっても胸を張って言えるように、今を京子に捧げよう。勿論、私達はこれからも楽しくなければならない。しかし、私の心が一直線に突き進んだのもつかの間、京子の病室に近づいていくうちに、急に振り向いた。

 

「……?」

 

高潔な理由を打ち立て、自分を納得させたと思いながらも、何で自分達なのだろうか、という歯ぎしりしたいほどの病に対する口惜しさが、突然に込み上げてきた。振り切ろうとしても、振り切ろうとしても、湧き上がってくる。

 

十万人に七~八人という「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」の罹患である。簡単に現実を受け入れることはできない。病院の窓ガラスに映る置いてきぼりになった自分の歪んだ姿を見て、思わず佇んでしまった。

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島崎 二郎

1949(昭和24)年、岡山県生まれ。1972(昭和47)年に倉敷市役所に就職。
福祉事務所及び市民課の課長主幹を歴任する。その間に「年金事業への発展に対する功績」が認められ、2004年に社会保険庁長官賞を受ける

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    本記事は、2021年7月刊行の書籍『ALS―天国への寄り道―』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。最新の法令等には対応していない場合がございますので、あらかじめご了承ください。

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