ニューヨークにあるゴールドマン・サックス証券には、最盛期の2000年に600人在籍していたトレーダーが、現在はたった2人しか残っていないといいます。代わりにコンピュータ・エンジニアを大量に採用し、同じ仕事を200人で進めています。大前研一氏が著書『日本の論点 2022~23安い』(プレジデント社)で解説します。

人海戦術によってシステムが構築される

一方、日本の非IT企業は、社内のIT人材がわずかなので、システム開発はITベンダーに外注することになる。しかも、外注先にどのようなシステムを作らせるかというスペック(仕様)を示せるレベルのIT人材は、まず存在しない。

 

社内に「情シス」と呼ばれるシステム部門はあっても、彼らの仕事といえば、主にベンダー選びである。ITコンサルタントやITベンダーの社員を自社に呼び、「ここで机を並べて働けば、うちの業務や管理のしくみが理解できる。常駐しながらわが社に最適のシステムを提案してくれ」とベンダーに頼るのだ。初めから、自分たちで必要なシステムを企画しようとは考えていない。

 

この仕様書作成の期間に半年、1年とかかることもあり、システムの規模によっては30人単位の派遣になる。日本のITベンダーは、いわば〝ヒト入れ業〟で、人海戦術によってシステムが構築されていく。

 

システム開発費は人件費がほとんどを占めるので、常駐する人数が多いほど予算はふくらむ。開発スケジュールが遅れると、さらに上乗せされていく。

 

システムが完成しても、発注側に優れたIT人材がいなければ、納品されたシステムの中身を評価することはできない。多くの企業はそのまま運用を始めるため、業務でシステムを利用する営業などの現場部門から次々と改善要望のクレームが届くことになる。

 

もちろん、社内の情シスでは修正できない。現場からのクレームをリストアップして、ベンダーに「お金をたくさん払ったのだから直してくれ」と、追加料金なしで修正事項を丸投げするのだ。ベンダー側は不満でも、お客様に「ノー」とは言えないから、徹夜するほどの“サービス残業”で修正作業に当たる。

 

クレームによる修正を重ねるうちに、現場の業務に合った独自のシステムができあがる。しかし、開発したベンダー以外は、改修できないほどにつくり込まれているので、いったん運用を始めたら最後、途中で「このベンダーはやめて別のベンダーに乗り換えよう」と思っても、他のベンダーに改修してもらうことは難しい。本当に乗り換えるのであれば、社内常駐からやり直すことになり、多額のコストがまた必要になる。結局は、不満だらけのシステムを使い続けることになり、泥沼化していくのだ。

 

この最たるものが、日本の行政だ。12省庁・47都道府県・1718市町村・23特別区などがそれぞれバラバラにシステムを開発し、請け負ったベンダー以外は改修できない。行政のシステムやデータベースは1つでいいはずなので、2021年9月に発足したデジタル庁はこの問題にぜひ取り組んでもらいたい。

 

日本全体でDXを進めるためには、IT業界の構造と仕事の進め方を見直し、自治体や官庁も含めて非IT企業に優れたIT人材がたくさんいる状態に早く移行しなくてはならない。

 

まずつくり直すべきは、マイナンバーだ。住基ネットからつくり込んでいったマイナンバーは、ベンダーが自治体ごとに異なる。しかも生体認証を持った国民データベースを最初につくっていないので、セキュリティ上の問題も大きい。結局、どこかですべてつくり直すことになるだろう。

 

その場合、スマホと生体認証を前提とし、将来的にはカードや携帯を持ち歩かなくても済むようなシステムにすべきだ。私がこのことを提案したのは、1994年の『新・大前研一レポート』(講談社)だが、以来28年間、日本政府は何一つ本質的なシステムの構築をしていないし、デジタル庁の発足にあたっても、このような方向性を出していない。

 

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    本連載は、大前研一氏の著書『日本の論点 2022~23 なぜ、ニッポンでは真面目に働いても給料が上昇しないのか。』(プレジデント社)から一部を抜粋し、再編集したものです。

    日本の論点 2022~23

    日本の論点 2022~23

    大前 研一

    プレジデント社

    「なぜ日本では真面目に働いても給料が上昇しないのか」――。 約2年間にわたり猛威を振るい、各国の政治経済に深刻な影響を与えた新型コロナウイルスは、ワクチン接種が進んだ結果、いまだ予断を許さないとはいえ、世界は新…

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