うつ病や発達障害…「脳や心の病気」の発症要因が分かってきた。知られざる「腸、脳の相関」【医師が解説】

マイクロバイオータと腸、脳の相関関係

うつ病や発達障害…「脳や心の病気」の発症要因が分かってきた。知られざる「腸、脳の相関」【医師が解説】
(※写真はイメージです/PIXTA)

花粉症や喘息、アトピーなどのアレルギー性疾患、肥満症やそれに伴う糖尿病、心筋梗塞などの動脈硬化性疾患、うつ病、自閉症、過敏性腸症候群…これらは、21世紀になってから急激に増加している病気です。急増している原因はいくつか考えられますが、中でもマイクロバイオータ(ここでは腸内細菌叢〔腸内フローラ〕を指します)との関連性が注目されています。今回は、これまで「脳の病気」あるいは「心や精神の病気」であると考えられてきた疾患が、腸内環境やマイクロバイオータの影響をどれほど受けているかという観点からお話をしていきたいと思います。※本連載は、小西統合医療内科院長・小西康弘医師による書下ろしです。

事例:抗生剤の長期投与で自閉症の症状が起こった患児

非常に象徴的な一つの例を提示します。

 

1歳のころまでは正常に発育したある乳児が、中耳炎に対して長期間抗生剤を投与されたことで、自閉症的な症状が起こった症例があります。最初はちょっと酔っぱらったような感じで、にこにこしながらよろめいて歩くようになりました。そのうち、不機嫌に引きこもっていたかと思うと突然怒り出し、一日中叫び声を上げるようになったのです。

 

鍋やふたなど物には異常に執着するのに他の子どもには関心を示さない、急に甲高い叫び声を上げる、などの症状を起こすようになりました。

 

読者の中には、「正常に成長した後、1〜3歳になってから発症する遅発性自閉症スペクトラムもあるよ」と思われた方もいるかもしれません。

 

患児の場合も最初はそうであると考えられました。

 

しかし、文献的に関連性が示唆されていたクロストリジウム菌を除菌を行ったところ、数日後には劇的に症状が改善したのです。この症例の場合、中耳炎に対しての長期間の抗生剤投与により、マイクロバイオータのバランスが崩れ、悪玉菌が増殖していたと考えられます。

 

サンプルサイズはたった1例でしかありませんが、この改善はあまりに明白で、自閉症スペクトラムと診断されている患児の少なくとも一部は、腸管内に増殖した悪玉菌から出される「毒素」が原因で起こっていると示されたのです。

 

このケーススタディーは自閉症スペクトラムに対する認識を大きく変えました。その後の研究で、自閉症児は健康児に比べて、腸内にクロストリジウム属の細菌が多くいることが確認されています(*文献1)。

 

もちろんこのケーススタディーをもって、すべての自閉症スペクトラムがマイクロバイオータのかく乱によって起こると言うことはできません。今では、複数の要因が関係していることが分かっています。その中には、環境毒素の一つである水銀の蓄積が関係しているということも分かっています (*文献2)。

 

<*文献>

1 I. Argou-Cardozo and F. Zeidan-Chulia. “Clostridium Bacteria and Autism Spectrum Conditions: A Systematic Review and Hypothetical Contribution of Environmental Glyphosate Levels”, Med Sci (Basel) 2018 Vol. 6 Issue 2

 

2  T. Jafari, N. Rostampour, A. A. Fallah and A. Hesami. “The association between mercury levels and autism spectrum disorders: A systematic review and meta-analysis”, J Trace Elem Med Biol 2017 Vol. 44 Pages 289-297

 

■かつて「脳はさまざまな有害物質から守られている」と考えられてきたが…

ある程度医学的知識をお持ちの方であれば、ここでこういう疑問を持つかもしれません。

 

「確か身体と脳とは『血液脳関門』という強固なバリアで隔てられていて、血液中の有害物質は脳には入らないのではないか? 抗生剤の長期投与でマイクロバイオータが乱れたことは理解できるが、それが自閉症を起こしたとするのは極端ではないか?」と。

 

確かに30〜40年前の医学的常識では、全身と脳との間には血液脳関門という確固たる壁があり、さまざまな有害物質から脳は守られていると考えられてきました。しかし、このような固定的な壁のようなものがあるというのは、17〜18世紀の知見を基にしたもので、現在はまったく当てはまらないことが分かっています。

 

脳を栄養する微小血管の内皮細胞は単なる「障壁」ではなく、さまざまな物質に対して受容体があり、脳に必要な物質を血液中から選択して脳へ供給し、逆に脳内で産出された不要な物質を血中に排出する「動的インターフェース」であるという新しい概念に変わっているのです(*文献3)。

 

<*文献>

3 Sumio Ohtsuki, Tetsuya Terasaki. “Contribution of carrier-mediated transport systems to the blood-brain barrier as a supporting and protecting interface for the brain; importance for CNS drug discovery and development”, Pharm Res. 2007 Sep;24(9):1745-58. PMID 17619998

 

さらに、この「動的インターフェース」が慢性炎症により破たんすると、さまざまな有害物質が脳内に入り込み炎症を起こします。このような状態を「リーキーブレイン(Leaky Brain)」と言い、アルツハイマー病などさまざまな脳変性疾患の原因になっていることが、最近の研究で明らかにされてきています。

 

残念ながら、日本ではこのような疾患概念はほとんど知られていません。

 

これまでは、脳が全身に影響を与えることはあっても、全身の細胞や腸内のマイクロバイオータ、環境毒素が脳に影響を与えるということはあまり考えられてきませんでした。しかし、色々な生理活性物質が測定できるようになって、脳と全身細胞、マイクロバイオータはお互いに影響を及ぼし合っていることが分かってきたのです。「血液脳関門」も固定的な隔壁ではなく、非常に活発に物質のやり取りをしています。

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